、庄公でも出て来てくれたら)
南玉は、捕吏を対手に戦っている小太郎を考え、その後方で、顫えている深雪を、想像してみた。
「居ません、と、居るのに申し上げやぁ致しませんが――ここが、大事で――」
同心は、一人の捕吏に、南玉を渡して、長屋の中へ入って行った。捕吏が、その後方から、忍び足につづいた。
「大家さん、大変だ、こりゃ」
「何う調べたか、ちゃんと、お調べがついているんだから、隠せねえや」
大家は、気の毒そうに云った。捕吏が
「何うも居るのが判っているに、素直に云わぬと――」
「為にならねえことぐらいは、子供の時分から、心得ているが、そうは行かねえや――大家さん、えらい騒ぎが起りますぜ」
「手向いでもしなさるかのう――困った。当分、借手が無くならあ。あの血ってやつは、なかなか、落ちないもんでのう」
南玉は、それに、答えないで、長屋の中に、すぐ音立てて起って来る、小太郎の抵抗を、想像して、心臓を喘がせていた。
「御免」
入口から、声がした。
「へえ――誰方?」
庄吉が、襖の中から、顔を振向けた。
「こちらに、仙波小太郎さんって、おいでですかえ」
小太郎も、庄吉も、胸を突かれた。御鷹野から戻って来た時から、小太郎には
(もしかしたなら――)
と、いう不安があった。庄吉は、巾着切として、すぐ、奉行所の手段の、常套的なものが、頭へ響いた。
(俺ではねえかしら)
と、ちらっと、思ったが、明らかに、仙波小太郎といっている以上、小太郎の心配している鷹野からのことにちがいない、と思うと、後方へ、手を振って、早く、逃げて下さい、と合図をしたかったが、自分では、右手を振ったつもりのが、その手が無かった。そして、それの無いのを考えないくらいに、庄吉は、危険の迫っているのに、気をとられていた。庄吉は
「小太郎?」
と、いいながら、時間を、少しでも、延そうとして、立上って、表の間へ出て来た。
「何ちらさまで?」
庄吉は、南玉が、出て行ったままで戻らないのと思い合せると、もう、自分の判断に、間違いはないと、考えた。そして、小太郎と、深雪とが、物音も立てないで、坐っているらしいのを感じて
「居りませんよ」
と、いった刹那、変装している手先は、ちらっと、庄吉を見てから、格子の外へ、手を振った。足音が集まって来た。
「若旦那っ、手が廻ったっ」
庄吉が、こう叫んだ時、一人の手先が、飛び上って来て右手を掴んだ。だが、右手が無くて、袖だけを掴んで、足を払った。庄吉は、よろめいて、壁へ、どんと、ぶつかりながら
「何をするんでえ」
と、睨みつけた。手先の中に、混って、同心が、土間へ入ると
「小太郎、神妙に致せ、無駄な振舞致すな」
そういった時、左手に刀を提げた小太郎が、襖のところへ、現れて来た。表の間へ、上って、踏み込もうとした二三人の手先が、立止まって
「御用」
と、叫びつつ、身構えた。小太郎は、土間の人数、表の気配をうかがって、それが、相当に多人数であると、判ると同時に、憤りと、悔恨とが、頭の中を、突っつき廻して、馳せめぐった。
(自分一人に、こんな人数を向けて――斬り破る見込みはない。斬り破っても、逃げ果《おお》せるものでない。潔く、捕えられた方がいい)
小太郎は、自分の処置を、すぐ、こう判断すると同時に、こんなにまでして、自分を召捕らしに来た久光の心が判らなかった。
(あの時斬りつけたら、斬れるものを、主君とあがめて、手を出さなかったのに、礼さえつくしたのに、そして、それを、見ていながら、自分に対して、こんな処置をとるとは?)
と、思うと、久光の無情さに、極度の怒りが燃えて来た。
(矢張り、討つんだった――斉彬公の仰せの如き人ではない。お由羅の子だ。鬼畜の如き心をもっている)
そう久光を、非難する一方、深雪のことを考え、一家のこと、父のこと、母のこと――小太郎は、静かに、刀を差出して
「同道致そう」
と、いった。
「若旦那っ」
庄吉は、壁際に押しつけられながら
「そんな」
と、いうと、涙が流れて来た。同心が
「神妙の至り」
と、頷いて、手先に、刀を取れと、合図した。
「お兄様」
小太郎は、それに答えないで
「刀を、お渡し申す上は、縄を御容赦願いたい」
同心は、暫く考えていたが
「いかにも」
と、頷いた。二人の手先が、小太郎の左右に添って、袖を掴んだ。
「今一つ、無心ながら、妹と、暫く話を致したい」
「よろしい」
深雪は、蒼白になっていたが、泣いてはいなかった。
「万事は、益満と、談合致せ。お国許では、お歴々達が、何んの罪咎もないに、切腹をしていなさる。それに較べると、わしは、よくここまで生延びてきた。同志として、軽輩として、かく、多人数の捕吏を受けることは、武士の面目として、この上もない。わしは、潔く、処
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