そうした知らせを聞くと共に、馬上で、徒歩で、処分を受けた人々のところへ、駈け集まって来た。そして、門を閉じ、警戒を厳重にして、書院で、凝議した。
「わしは、評定所へ出る。そして、争う。それは――」
近藤隆左衛門は、人々を前にして、いくらか、興奮しながら
「――わしは、命を惜しむからではない。評定所にも、人間らしい、武士らしい者が、未だ、一人や、二人は、残っていると、思うからだ。その者共に、こうした違法の断罪手続きを詰《なじ》り、それから、わしらの心事を、知らせたいのだ。評定所に召出す、ということが、切腹しろ、との、謎であることくらいは、よく心得ているが、このまま、黙って腹を切りたくはない。いうべきことをいいたい――いっても無駄かもしれぬ、いや、無駄にちがいあるまいが、わしは、最期の間際まで、斉彬公のために、又、お家のために、少しでも、尽したい。できるなら、大殿の前で、舌を抜かれるまで、その御処置――わしへの処置ではないぞ、斉彬公への処置じゃ、その、処置方を諫めて、そして、死にたい」
隆左衛門は、少し、顔を赤くしながら、膝の上へ、手をつき、肱を張って
「そうでないか」
「御尤もと心得ます」
と、一人が、俯向いている一座の人々の中から、顔を上げていった。
「わしには、石田三成が、刑場へ引かれる道で、柿は、痰《たん》の毒だ、といった心懸が、よくわかる。今死罪になる者として、痰の毒でも、ないではないか――と、これは、三成の心を知らぬ者の言じゃ。忠義の者は、最後まで、命を惜しんで、そのあらんかぎりで、忠を尽そうとする。判ってくれるか?」
誰も、口で答えなかった。だが、一斉に頷いた。廊下を轟かして、本田孫右衛門と郷田忠兵衛とが入って来た。人々は二人へ目礼をした。
「覚悟はできておるか?」
郷田は、近藤よりも、齢が上であったし、席も上であった。
「申すまでもないが、今夜は切らん」
「何故、切らん」
「お達し通りに、評定所へ出て、お由羅派の徒輩に、一言云いたい」
「無駄じゃ」
「無駄ではない」
隆左衛門が、眼を険しくした時、本田が
「今、川北に逢って参ったが、話の外の沙汰じゃ。そりゃ、評定所で、争うのも――」
「争うのではない。申し聞かしてやるのじゃ」
「それでもよいが、四ツ本一人を対手にするようなものじゃ。川北も、川上も、この伝達を拒んだがため、評定所へは出ん。獣を対手に、しゃべり立てて見たところで、始まらんではないか、近藤」
「四ツ本一人?」
近藤は、睨みつけるように、本田を見た。
「彼奴を、人間と思うか? 申し残すことがあれば、ここに集まっておる者に申せ」
「そうじゃ」
と、郷田も、頷いた。
「倅までが、遠島か」
高崎五郎右衛門は、左手で、火箸を握って、灰の中へ突き立てながら、女房を見て、静かに云った。幼い左太郎(後の、高崎正風)は、父母や、自分の運命も知らないで、いつものように、あやしてくれぬ二人へ、笑顔を向けたり、手を出したり、足をもがいたりして、催促していた。
「井上出雲守様が――」
と、廊下から、つつましく、取次が云った。
「お通し申せ」
そう云って、涙に濡れている妻の眼を見ると、妻は急いで、眼を拭って
「この子は、何う致しましたら」
夫の眼へ哀憐を乞うように
「田舎へでも――」
と、までは、云ったが
(逃しましょうか)
と、口先まで出ていた言葉は、殺してしまった。だが、五郎右衛門は、それを察していて、言下に
「ならぬ」
と、云った。足音が、あわただしくして、出雲守が、引締った表情をして入って来た。
「意外なことが――」
「今更、何んとも致し方がない。それに就て、貴公に頼んでおきたいことがある」
出雲守は、女の出した座蒲団を敷いて
「微少ながら、何んなりとも、頼まれ申そう」
「事が、事じゃで、このままで、止むべきではない。直ちに、残りの同志を集めて、再挙して頂きたいが――」
「勿論のこと――」
左太郎は、見知らぬ人を見ても、快活に、手を握り、足を踏んで、嬉々としていた。女房は、客の前で、涙を出すまいとしながら、今宵の内に、死ななくてはならぬ夫のことと、遠島に処せられる、幼い子のことを考えて、出すまいとして出て来る涙を、袖で拭っていた。
「座を設けて、支度をしておけ」
五郎右衛門は、その女房に、叱るように己の切腹の座の指図をした。
「はい」
女は、出雲守に礼をして、立って行こうと、左太郎を抱き上げると、ああ、と叫んで、父親の方を向いた。それは、父と、自分との運命を知っていて、別れを惜しむように思えた。
「ああ」
五郎右衛門は、笑顔を子供に向けて、同じように、答えた。子供は、母の手の中から抜け出そうとして、もがきながら、母と一緒に出て行った。五郎右衛門は、暫く、それを見送ってから
「わしは
前へ
次へ
全260ページ中164ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング