の決裁を受け――」
「それくらいのことは、存じておる」
「それに、何故、役目ちがいの、目付が、取調べましたか」
「火急のことじゃから――」
「火急ゆえ、こうして、川北も参っておりますが――」
「お上の、御決裁は仰いである。※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]と申すなら、御前へ出て聞くがよい」
「いいや、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]、欺《いつわ》りとは、申しませぬ。ただ、違法であると、申すのみでござります」
「お上が、御決裁済みなら、よいではないか」
「お上が、法を乱して、よい、という訳がござりますか? 法は、仮令《たとい》、老公たりとも、将軍たりとも、乱すことは出来ませぬ。重い方こそ、なるべく、法の表に従うようになさるのが、順でござりますが、上よりこれを乱して、何んとして、下を取締りますか」
川上は、左肩を聳《そびや》かして、右手を、膝の上へ握り拳にして突き立てた。
「議論を、吹っかけるのか」
「左様、御心得が、無さすぎると考えまする。第一に、この、書状の人々は、藩中に於ても、屈指の人物であり、人望もあれば、人品もよく、訳もないに、不敵の振舞などなさる方ではござりませぬ。その方々を、一応の取調べもなされずに、即日、切腹などと――それで、何んのための大目付、何んのための、裁許掛でござりますか?」
川上は、顔を赤くして、平を、じっと、睨みつけた。
「宮中、府中の別がなくなることは、古《いにしえ》より、その家の滅亡の基とされております」
川北が、静かにいった。
「それが、お由羅様、お入り以来、次第に乱れ勝ちにて、そのため、家中が二派に分れるようなこととなり、ひいて、此度の大事。その上に、厳然たるべき法を乱すなど――」
「川北は、上のお指図へ反く所存か」
平が、大きい声を出した。
「法は、曲げられませぬ」
「何?」
「上が、法をお曲げになれば、何故、平様が、御諫言なされませぬ。上がお曲げになったまま、下へ強請して、それで、殿の補佐する御家老と申せましょうか」
平の顔は、みるみる赤くなった。川北を、じっと、暫く、睨みつけていたが
「よし。頼まぬ」
と、低く叫んだ。
「裁許掛は、一人ではない」
「左様、腸《はらわた》の腐ったのも居りましょう」
「退れっ」
平は、怒鳴った。川北が
「平殿」
と、怒鳴った。平は、川北を、睨みつけて、立上った。
「かような無法の例を残して――」
と、云いかけると、平は、急ぎ足に、襖外へ出た。そして、侍に
「退げろ」
と、云った。二人は、じっと、平の出て行った後方を、睨んでいた。
川上矢五太夫は、門から、走って入るように、急ぎ足で、玄関へ上ると
「誰か――誰か居るか」
と、怒鳴った。
「はいっ、はいっ」
周章《あわ》てて、それに答える声が、納戸からも、玄関脇の部屋からも、起った。矢五太夫が、廊下へ、荒い足音を立てて、自分の部屋の方へ行く、後方から、若党が、女中が――そして、行手の部屋から、女房と、その後方に、七瀬とが、出て来て
「何か?」
と、不安そうな表情をして、出迎えた。
「手分けをして、急ぎの使に、行ってくれ」
こう云いながら、自分の部屋へ入って、廊下の敷居際に、うずくまっている若党に、部屋へ入って来て、刀を受取ろうと、手を差出している女房に
「お前は、近藤隆左衛門殿のお邸へ参って、只今、容易ならぬ使者が、殿より立ちますから、御覚悟なされますようと、申して参れ。何ういう使者だ、と聞かれたなら、内密の用につき、心利いた者を、至急、およこし下されますよう――火急の用にて、諸方へお知らせしておりますゆえ、手不足の当方より、一々、その旨を話す者を、差上げられませぬから、と――」
こう云って、若党に
「そちは、山一殿のところへ参り、善助を、高崎殿のところへ、やってくれ、口上を、間違えるな。もし、失念致したなら、お命にかかわることゆえ、と申せ――それから、七瀬」
七瀬は、胸を騒がしながら、坐っていたが
「はい」
と、見上げると
「御足労だが、国分猪十郎の許へ参って、右の口上、申し伝えて来てくれんか」
矢五太夫は、人々に、こういいながら、机の前へ坐って、急いで、墨を磨《す》り出していた。女房が
「このままで――よろしゅうござりましょうか」
と、自分の着物を見ると
「命にかかわることじゃ。走って行け。万作も急げっ」
口早にいって、料紙へ、何か認《したた》めながら、三人が
「では、行って参ります」
手をつくと
「それから――出口の、新納《にいろ》殿のところへ、飛脚を出したいから、一人、急いで、寄越すようにと、問屋場へ、立寄って、註文して参れ、急ぐぞ」
三人は、命にかかわる、との言葉と、常の様子でない、矢五太夫の態度とに、何か、大事が起ったとは
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