(高木は、暴れているな、暴れても――無益だのに――)
 と、和田は思った。何《ど》っか、引掻かれたのか、撲《ぶ》たれたのか、身体中ひりひりしたり、鈍く痛んだりしてきた。
(昨夜《ゆうべ》、二人をつけて来た奴が、矢張り、話を聞いたのだろう――捕えられたのは、二人だけか、悉く、露見したのか?)
 和田は、悲しさも、憤りも、何もなく、静かに
(外の人は、無事であってくれ。高木も)
 と、心の中で、祈った。刀を抜いているらしく、烈しい、気合が、聞えて来た。

「待てっ。待てと、申すに」
 高木は、じりじり退きつつ、叫んだ。手は刀にかかっていた。三人の対手は、黙って、隙をうかがっていた。
「誰の指図で、何ゆえに召捕るのか? 拙者に、罪があれば、何ゆえ、評定所より――」
「黙れっ、黙れっ」
「何?――訳を明かさずして、盗賊と同じように召捕るからには、捨ておかんぞ。訳を申せ、訳を――訳さえ判らば、召捕らしてもやろう。申せ。申さぬかっ」
 高木の、後方から、走って来る二三人の足音がした。
(門番所の奴だな)
 と、感じると、共に
(後方から、かかられてはいけない)
 と、思った。高木は
「いわぬかっ」
 と、絶叫すると同時に
「ええいっ」
 刀が光った。人々が、さっと、退いた瞬間、左手へ走り出した。
「此奴っ」
 と、一人が、叫んだ。門から、走って来た三人が
「抜いているか」
 と、走りながら叫んで、提灯を、高木の方へ突き出した。
「おおっ」
「高木、手向い致すか、卑怯者っ。申訳あれば、目付の前で申せっ」
 高木の後方から、走りつつ、一人が、叫んだ。高木は、木柵の前まで来ると、向き直って、刀を構えた。
「神妙にせんか」
「何故、士を捕えるに、士の扱いをせん。欺し討をして、どっちが、卑怯だっ。一応の筋道さえ申さず、不意討をして――たわけっ、薩摩隼人は、死んでも、盗賊に等しい縄目にかかると思うか。さ、来いっ、かかって来いっ」
 六人の内、三人は、棒を持っていた。
「かかって来い。うぬら、奸者共の指図を受けて、吾々、正義の士の――」
「何っ、何が、正義だっ。どっちが奸者だ。家を乱そうと、企んで、何が、何が、正義だっ」
 六人の背後に、足音がして、提灯を持った士が近づいた。そして
「抜いたか」
 と、聞いた。
「はい」
「高木」
 その士は、提灯を、高木の方へ突き出した。そして
「四ツ本じゃ。和田が、捕えられたのを見棄てて、一人、逃げる所存か」
 睨みながら、脣へ、微笑を浮べていた。
「逃げる?」
 高木の眼が、きらっと、閃くと
「この、ど狐がっ」
「危いっ」
「おのれっ」
 高木と、四ツ本との間へ、怒声と、棒とが入り乱れて飛んだ。四ツ本は、素早く退いて
「加勢を呼べっ」
 と、叫んだ。一人が、走って行った。高木は、刀を提げたまま、じっと、立っていたが、四ツ本が、人々の背後へ入って、陰険な眼で、睨んでいるのを見ると
「出ろっ、四ツ本、卑怯者っ」
 と、叫んで、刀を振りかざすが早いか、飛びかかった。
「ええいっ、えいっ」
 棒が、肩へ、股へ飛んだ。
「それでも、武士かっ」
 高木は、暗い中へ逃げ去った四ツ本の後姿へ、こう叫ぶと、力任せに、刀を投げつけた。そして、素早く、脇差も投げ出すと
「和田は、何処にいる」
 と、聞いた。
「神妙にしろ」
「同じ家中だ。貴公等を斬ったとて、褒められはせん。和田のところへ、連れて参れ」
 と、云って、突っ立っていた。

「不届者がっ」
 斉興は、脣を、びくびくさせて、斉彬派の人々の姓名を、読んでいた。
「何れも、重い役目で、一藩に、範を垂るべき人間でないか」
「はい」
 伊集院平は、膝へ両手を置いて
「それで、誰々を、如何ように、処分仕りましょうか――」
 と、斉興を見た。
「処分か?」
 斉興は、書面から、眼を放して
「将曹の邸へ、斬込もうとした奴は、誰と、誰とじゃ」
「それは――国分猪十郎、土持岱助らでござります。拙者の邸へは山内作二郎、松元一左衛門。それから、仲吉利の許へは、吉井七之丞、肱岡五郎太、村田平内左衛門等でござります」
「大砲を持出して、豊後の屋敷を撃とうとしたのは?」
「高木市助に、和田仁十郎」
「それを、指図しておるのが、山一に、近藤、高崎か」
「はい」
「そちに任せる。それぞれの罪によって、重くば切腹、軽くて、遠島――」
「はっ」
「然し――」
 斉興は、眼鏡を外して、袖で拭きつつ
「赤山など濫《みだ》りに重罪にしては――家中の者が動揺して、軽輩共が、又、二の舞を起してはならんから――蟄居《ちっきょ》か、謹慎ぐらいにして――」
「はっ」
 斉興は、暫く、考えていたが
「いや、他国へ聞えても面白うない。こっそり、切腹でもさせてしまえ。ここも、江戸表も、ずい分、根深いのじゃから、十分注意をして、手早く
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