断は、ならんぞ」
「うむ。然し、もし、洩れてでも居たなら、郷田から、今朝の内に、何んとか知らして来る筈だ」
 二人は、暮れかかろうとする、淋しい道を、急いでいた。雲は、落陽《ゆうひ》で、上を真赤に、下を、どす黒く、不気味に、染めていた。桜島は、すっかり暮れたらしく、暗い色をしていた。
 土堤沿いに行って、角を曲ると、すぐ松の木の間に、黒い門と、黒い柵とが、見えた。そこが、入口であった。二人が、門の右手の、くぐり戸を押すと
「誰だ」
 と、中から咎めた。和田が、一足引いて、柵の間から、顔を見たが、知らぬ士であった。高木は、押しても開かないくぐりを、叩いて
「郷田はおるか?」
「ああ、今、開ける」
 鍵の音がして、内部から、くぐりが開いた。二人が頭を低くして入ると、側の小屋の中にも、見慣れない士が三人土間にいて、二人が入って来ると、急に話をやめた。
「何処にいる?」
「案内仕ります」
 二人の士が、先にたった。轍《わだち》の跡が入り乱れている道であった。その小さい原を横切って行く行手に、もう一つ木柵が引廻されていて、その中に、詰所と、白い庫《くら》とが、並んでいた。
「暫く――」
 と、云って、案内の士が、先へ走って行った。二人は、ゆるゆる歩きながら
「ああいう下々の奴はいいかしら。郷田一人が呑込んでおっても、一人では、大砲は運べまいし――」
「それは、郷田の指図一つで、何うにでもなろう」
 と、云った時、木柵のところから
「こちらへ」
 と、叫んで、一人の士が、手招きした。二人は、急いで近づいた。粗末な、黒い板の、扉のところに、二三人の士が立っていた。柵の中には、提灯の灯が、うろうろしていた。
 和田が、人々へ、軽く、頭を下げて、その門のくぐりへ頭を入れると同時に
「何するっ」
 と、叫んだ。そして、右手で、柱を掴んで、身体を引こうとしたが、二三本の手が、和田の肩へ、帯へかかった。和田は
「高木、逃げろ」
 と、叫びつつ、中へ、引き摺り込まれて行った。和田が
「何をするっ」
 と、叫んだ、瞬間、門の前に立って、じっと二人を眺めていた三人の士が、高木の首へ、手へ、飛びかかった。
「何をっ」
 高木は、真赤な顔になって
(露見したな)
 と、思いながら、一人の士の胸を、左手の肱で、突き上げざま、前の一人へ、頭突をくれて、後方から組もうとするのを、素早く、身体を、ちぢめて、右手へ抜けた。そして
「和田っ」
 と、叫んだ。それは、丁度、和田が
「高木、逃げろ」
 と、叫んだのと、同時であった。
「手向いするかっ」
 一人が、腕捲りした。一人は、柄へ手をかけた。三人とも、高木の腕に、一寸、恐れながら、それでも、隙を窺っていた。

 和田は、頭の毛を掴まれた。その掴んでいる手を、掴み返しながら
「これが――」
 と、云った時、一人の手が、自分の腰から、刀を抜き取ろうとしているのを、腰に、感じた。和田は、柱を掴んでいた手を放して、刀を握りながら
「士を召捕る作法かっ」
 と、叫んだ時、五六人もの手が、肩へ、襟へ、腰へ集まって来て、門の中へ、引き摺り込んでしまった。
「高木、逃げろっ」
「黙れっ」
 びしっと、頬に音立てて、熱さを感じた。
「無礼者」
 和田は、激怒に、狂人の如く、昂奮して、動かない両手を、力任せに振ろうとした。その手へ、腰へ、細引がかかったらしく、肌が、肉が、きりっと、痛んだ。そして、身体が、軽くなったと、感じた時には、両手が動かなくなっていた。肩からも、胴にも、縄がかかっていた。
「不届者が」
 一人の士が、正面から、和田を睨みつけていた。和田が、睨み返すと
「斬るな。手取りに致せっ」
 と、叫んで、その士は、門の方へ、走って行った。和田は、人々に、囲まれたまま、襟を乱して、肩の骨を、乳の上までを、現しながら、突立っていた。
 門から、少し遠いところに、懸声と、足音とが、響いていた。和田が、振向くと、もう暗くて、提灯の灯しか、見えなかった。
「和田っ」
 と、高木が、叫んだ。
「おーいっ」
「無事か」
 と、絶叫した。和田が
「やられた」
 と、叫ぼうとすると、一人が、口を押えた。そして
「黙れっ、喋ってはならん」
 と、云いつつ、両腕を掴んで、奥の方へ引立てた。和田は、烈しく、顔を振って
「やられた」
 と、指の間から、叫んだが、もう、その声は、高木に聞えぬらしく、遥かに、遠いところで、いろんな叫びが、ごっちゃになって、乱れていた。
「郷田は、居ないのか」
 和田は、細引の結び目を、指先で、調べながら聞いた。だが、誰も返事をしなかった。門の外から
「おーい、誰か、二三人来い。早く、早くっ」
 と、叫んだ。
「大丈夫か」
「大丈夫だ。わしと、時田とが、見張っておるから」
 と、いうと同時に、二三人が、走って行ってしまった。

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