と、燭台とを置いて、二人の浪人者らしいのが、振向いた。南玉は、上り口の間から
「ええ」
と、云って、敷居際へ、手をついた。
「入れ。親爺――これが、桃牛舎南玉。これが、仙波小太郎」
お互に、挨拶が終ると
「よく無事だったのう。八郎太殿の話は、京で聞いた。天晴れだ、という話であった。わしは、二日おくれて、叡山へついた」
こう、軽く云って、益満は、小太郎の顔をじっと見た。
「益満――綱手も――」
「南玉から聞いた。悲しいか?」
「悲しいか? とは?」
生死さえ判らなくなった自分が、こうして戻って来たのに、余りに、軽く、冷たそうな益満の態度に
「骨肉の情でないか」
「斉彬公は、四人の御世子を、人手にかけられたが、眉一つ――」
小太郎は
「判った。判っている」
と、口早に、益満の次の言葉を止めた。
「それで――用件があるが――」
小太郎は、二人の見知らぬ浪人の前で、こう云って躊躇してみせた。
「牧を討つことか」
益満は、こう云って微笑した。
「そうじゃ。江戸に――居るらしい」
「何うしても、討ちたいか?」
小太郎は、こうした益満の言葉へ、うっかり返事をすると、すぐ、頭ごなしにやられるので
「何うしても、とは?」
「一生かかっても、牧を討ちたいか?」
「親の敵なり、悪逆の徒ではないか?」
「日夜、一生、牧にかかりきれるか?」
「うむ」
「明日は、牧へ、何ういう手立をとるな」
「居所を突きとめる」
「何うした方策で?」
「それを聞きに参った」
益満は、煙管を、弄《もてあそ》びながら
「小太郎、怒るな」
小太郎は、黙って頷いた。そして、益満の次の言葉を、不安そうに待った。
「もし――もしだぞ、わしが、それを、断る、と、云ったなら?」
「断る?」
「引受けるかもしれぬ。だが、わしが、牧の在所を探したとして、もしもじゃな、到底、三人や、五人では、歯が立たぬと、判ったなら?」
「それまでに、堅固か、牧の警固は?」
小太郎は、益満を見つめながら、低く、呟くように云った。
「小太、少し、牧の話から外れるがなあ――叡山へ参った時、京で、いろいろ見たこと、聞いたこと――それを、今度、戻って来て、斉彬公の御意見と合せると――わしは、考えた。陥入《おちい》ろうとする絶壁の手前で、成る程と、判った」
「一向に、判らねえ」
と、南玉が、首をぐりぐり振った。二人の浪人は、腕組をして、微笑していた。
「斉彬公が、いつも、仰せられるな。家中に党を樹つべき時ではない、天下は大変な時じゃ、と」
「ふむ」
「わしは、そうかしらと思いもしたが、よくは判らなんだ。勤王の、佐幕のと多事らしいが、何うせ流行《はやり》物じゃ、一時のことじゃ、と思うていた。そして、京へ行って、尊王、倒幕、開国、攘夷、と、いろいろのことを聞きもし、見もしたが、何んの、浪人共の苦しまぎれ、金儲け、と、考えていた。ところが、斉彬公から、いろいろと説かれ、二ヶ月ぶりで、江戸へ戻ると――小太郎、僅か二ヶ月の間に、江戸も変って来た――判るか?」
「判らぬ」
「こういう二人の男が、そのために命を棄てに、江戸へ出て来ている。二ヶ月前まで無かったことじゃ。何んのために棄てるか? 家のためでもない。親のためでもない。天下のために、棄てようと、申すのじゃ。姓名をいって、国をいわなんだが、お二人とも、水戸の方じゃ。尊王、倒幕を、正義と信じ、天下の大勢と見てとって、脱藩した人々じゃ。遊びでもなければ、金儲けでもない。この仁など、酒まで断って――」
「断ったのではない。金がないからじゃ」
と、一人の浪人が笑った。
「これを、小太、江戸の侍と較べてみい。旗本の馬鹿者共の遊興ぶり、暮しぶりと較べてみい。天下は、確かに一新しそうだ。そして、その魁《さきがけ》を為すものは、水戸か、薩摩か? この方々は、水戸の人じゃが、斉彬公を擁立して、天下の勢の赴くところへ、赴かしめようと、この間から、その話じゃ」
「するてえと、つまり、将軍家を、倒そうというんですかい」
南玉は、尤もらしく腕組をして
「由比正雪じゃあるめえし、益満さん、いくら、貴下が、利発でも――」
「駄講釈師の知ったことではない」
「ところが、これで、学文は、和、漢、蘭に亙り――」
「この間も、名越殿と、これで、少し、争ったが、小太、牧を討つのもよい、天下のためも、御家のためも、親のためも、何れも人間の大義にはちがいないが、然し、天下を双肩に荷うのも、おもしろいではないか。何れを主、何れを従とはわしは申さぬ。ただ、牧一人を討つため、無益の日をおくるのが惜しい。牧を追求する暇に、この天下の大仕事へも加わらんか」
「わしには――少し、大きすぎる。今のわしは、ただ、牧が憎い。その憎む心で動くほか、何う教えられようとも、動く気はせん。益満の申し分は、真実であ
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