ろう。ちらちらと、近頃聞く、尊王、倒幕――それが、本物か、流行《はやり》物か、わしらの若さでは、判断がつかぬ。ただ判断のつくのは、斉彬公のために、悪逆の徒を滅すことは、何よりも、家来としての為すべきことだ、ということだけじゃ――南玉、戻ろうか?」
 益満は、微笑したままで、小太郎の顔を、じっと、眺めていた。
「然し――」
 と、南玉は、益満に
「これまで一緒に――」
 小太郎は、二人の浪人に
「長く、御無礼仕りました」
 と、手をついて、立上った。
「小太郎様、もう少し」
 南玉が、手を延した時、小太郎は、次の間へ、出てしまった。

  お為派崩れ

 島津斉興は、大きい眼鏡の中から、皺の重くたれた眼瞼を、しばたたきながら、口を曲げて、手紙を読んでいた。そして、読み終ると、脣を尖らせて、暫く、じっと、前の方を凝視めていた。
「何か――」
 お由羅が、横から、いうと
「うむ」
 と、その方を振向いて
「又じゃ」
 投げつけるようにいって、手紙を、お由羅の膝の前へ抛りつけた。そして、大きい声で
「わしが、こうして、国へ戻っている間に、こそこそと致さずと、江戸在府中に、堂々とすればよいではないか」
 お由羅が、手紙を読んでいた顔を上げて
「本当に――」
 と、空虚な、相槌を打ったが、少し、読んで行くと
「ま、これは、真実ではござりましょうか」
 お由羅の声は、真剣で、眉は心配そうに、歪んでいた。
「わしを、幕府の力で無理に隠居させようなどと――身は、聞かん、聞かんぞ――」
 斉興は、頭を振った。そして
「茶をもて」
 と、怒鳴った。
 齢をとって、少し気が短くなっていたし、道中の疲れも、前年より出ていたし、江戸の邸とちがって、鹿児島のこの邸は、少しずつ好みのちがった――何んとなく、落ちつかぬところがあったし、それから、女中、近習が、目立って、動作に気が利かなかったし――そういった小さいことと、久し振りの拝謁者を、一々引見したから起ってきた、神経的な疲労もあったし――そして、それよりも、もっと、斉興の気持を悪くし、憤らせたことは、斉彬贔屓の人々の多いことと、お由羅を軽蔑した眼で見る人の多いこと、それから、何よりも第一に、自分を隠居させて、斉彬を立てようとしている人間の多いことであった。そして、その国へ戻って間のない時に、江戸邸から、幕府は、何うしても斉彬を当主にして、対外問題に当らせようとしていると、知らせて来たのであった。
「斉彬に、譲りたい。わしは、楽隠居をしたい。うるさいことをしたくないが、時と場合による」
 斉興は、独り言のように呟いた。
「ま、何うして、こんなに、御老中方は、斉彬様に、家督を譲らせようと、致しますのやら――又、舶来舶来と、重豪公の真似をして、折角のお金を無くなすことは、眼に見えておりますもの」
「いや、それは、何れは、斉彬の世になるのじゃから、無くなるなら、いつかは無くなるが、西丸留守居の筒井肥前め、早く隠居を致せといわんばかりに、茶壺と、十徳を、二度まで、出しおった。当家は、世子が、二十歳になれば、家を譲るのは、代々の慣わしになっているが、慣わしは、時世と共に、変って行くものじゃ。わしは、わしの家憲で、やって行く」
 斉興は、こういって、茶を飲んでから
「それに――」
 と、お由羅を、険しい眼で凝視めた。お由羅は、同情するように、よく判ります、というように、眉をひそめて、頷いた。
「それに、宇和島、福岡の親族共が、わしの隠居に同意しおって、内密で、幕府へ策動していよるが、何んちゅう輩じゃ」
「本当に」
 と、いった時、次の間の襖の外から
「島津石見様、火急の御用にて、拝謁、願い出られましてござりまする」
 と、近習がいった。
「又か――火急の用とは、何んじゃ――よい。通せ」
 斉興は、不機嫌に、こういって、火鉢の上へ丸くかがみこんでしまった。

「何んじゃ、火急の用とは?」
 斉興は、緋羅紗《ひらしゃ》のかかった、朱塗の脇息へ凭れて、堆朱の手焙へ、手をかざしていた。床の間には、銀製の、西洋人形の立っている置時計があったし、掛軸は、重豪公の横文字の茶掛けであった。
 お由羅は、緋羅紗の褥《しとね》の上へ坐っていたし、その側の、硝子《ガラス》の鏡、モザイックの手函、硝子の瓶――そうした調度類は、悉く舶来品であった。
「はい」
 島津石見は、それだけ答えて、静かに腕組をした。お由羅は、江戸からの手紙を巻き納めて、斉興の方へ押しやった。
「用事は?」
「例の――秋水一揮党の輩が、赤山靱負殿を大将として、何か、よりより寄っては、密議を致しておりましたが、殿が、御帰国遊ばされて以来《このかた》、急に、会合が劇しくなりまして、何か企んでおります模様でござりますで、手をつくして、調べましたところ――」
 石見は、俯向いて、
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