うして逢うて別れては、世上の物笑いになる。又よし、乞食をしても、他人の世話にはなりとうない」
「一寸――ちょ、一寸、若旦那。他人の世話になりとうない、と、仰しゃいましたな」
 南玉が、小太郎へ膝を向けた。
「悪気で申したことではないぞ。心苦しいから――」
「それは判っておりますが、この深雪さんが、お由羅邸へ、奉公に上んなすったのも、他人の世話でございますよ。何んなことでも、これから、二人っきりでおやんなせえますか。益満さんも、他人――」
「益満とは――」
「ま、お聞きなせえ。益満さんは、一味だから、朋輩だからと、仰しゃるんでしょうが、それなら、その益満さんの見込んだ、あっしらは、又、味方の、従兄弟《いとこ》味方、な、従兄弟同士ってこのことだ、同じ長屋にいたから味方で、泥溝泥《どぶどろ》長屋にいたから味方でないってこともござんすまい。益満さんが、すっかり、何も、かも打明けて、南玉頼むぞ、庄吉やってくれと、この庄吉なんて、大馬鹿野郎あ、片手斬られてまでの働きでござんすよ」
 小太郎は、庄吉の右手を見て
「何うして、斬られた。斬落されているな」
「へえ、調所さんのために、えいっ、ぽろっ。何うせ、若旦那に折られて、使えなくなった腕でござんすから、惜しくはございませんや」
「その時盗んだ書類で、調所の罪が、発覚したんでさあ。それがね、この男が、深雪さんに――てな――つまり、一手柄立てさしたい、盗んだ書類を、深雪さんに渡して、御大老へ駕訴《かごそ》をさせようって、大芝居をするつもりでござんしたがね、益満さんに笑われて、益満さんが、島津の家には傷がつかず、調所だけ死ぬようにと――あの人の智慧は、文殊さまみてえでげすな」
「よく判った。然し、わしは、深雪と、江戸へ戻る。志は受ける。一緒に、戻るなら戻れ。戻るのが不服なら、これは、南玉――わしが悪かろうと、よかろうと、お前方の勝手じゃ。わしは、妹と二人で、牧の行方を探して、討つか、討たれるか、このまま、深雪を、国へ帰すことはできん」
「庄吉、何うする」
「戻るより外に仕方あるめえ」
「時に――若旦那、甚だ、不躾《ぶしつけ》で、叱らんで下せえ。あんた、路銀は?」
「多少、持参しておる」
「牧を探すのに、五年、十年かかっても、大丈夫でげすかい」
「そうはあろう訳がないでないか」
「でげしょうな。庄吉、今度は、お二人のお供だ。乗りかかった船で、一番、牧のところまで、食いつこうじゃねえか。手前だって、このまま別れられねえだろう。若旦那、大船に乗ったつもりでいておくんなせえ。南玉といやあ、天下の講釈師だ。庄吉といやあ、巾着切の名人だ」
「叱《し》っ」
「路銀は、他人様の、懐中《ぽっぽ》に、あずけてあるんだ。のう、庄公、いやあー、目出度《めでて》え、こうなりゃ、意地だあ」

  流行物

「南玉が、舞戻って来た」
 益満が、立止まって、独り言のように、いった。富士春が、益満を眺めている眼の方を見ると、床屋の、油障子の下に
[#天から3字下げ]久々にて御目通り、桃牛舎南玉
 と、書いた、寄席のびらが、貼ってあった。床屋の店先で、将棋をさしていた若い衆が、二人の姿を見て
「ようよう」
 と、冷かした。益満は、濃染の手拭で顔をかくし、富士春は、編笠をきて、益満が唄うと、女が弾く、流しの、流行唄《はやりうた》唄いの姿であった。
「堪《こた》えられねえぞ。畜生っ、こう、突いたら何うする」
「あれえー、お父さん、恐いようっ、と、ひらりと躱《かわ》して、角の王手だ」
 若い衆は、二人を見たり、盤を見たりしながら、ほのかに、店から流れ出している灯の中に立っている、睦まじそうな二人に
「王手、嬉しい、二人の仲、か――俺《おいら》、癪だから、こう、お城の中へ、お引っこもりだわな」
 二人は、店先を離れた。
「庄公も?――」
 富士春は、益満の肩のところで、呟くように聞いた。
「さあ――とにかく、寄席へ行けば、判るであろうが――」
[#ここから3字下げ]
南玉、何処へ行く
油買いに、酢買いに
隣りの油は、十文で
横町の油は、七文で
三文、徳しょと、急いだら
横町の、犬の糞、踏んづけた
[#ここで字下げ終わり]
 益満は、唄いながら、ずんずん歩いて行った。富士春は、庄吉にも逢いたし、益満と又、いつの間にか、昔のような仲になっていることを、庄吉に知られたくないし――
(庄吉のことを、口へ出したので、休さん、気を悪くしたのではないかしら――)
 と、心配しながら、益満の、機嫌をとるように、出鱈目な、その唄と、節とに合せて、三味線を弾きながら、ついて行った。
 街は、すっかり暗くなっていたが、寄席へ行くのには、少し早かった。
「女師匠の浮気さは、か。のう、お春」
「ええ?」
 富士春は、朗らかな益満の声に、笑顔と、媚とを見せた。
[#こ
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