っても、危くなれば、加勢に出て来る者くらいあるのは、当然だと思った。しかし、そうは思いながらも、月丸が、それに対して、立派に
「一人だ」
と、いい切ったことに、憤りを感じて来た。偽らないで、加勢があると云っても、果合を拒むような自分でないのに、武士らしくもないと、思った。と、同時に
(まず、月丸を斬って――)
と、思った。だが、右足に、深手を負って、少し、引きつれる小太郎は、右手へ、敵を受ける不利を考えて、じりっと、背を、川の方へ引いた。そして、誘いの隙を見せた。
だが、月丸は、刀をつけたまま、懸声もせずに、十分の息を引いて、そのまま、小太郎の刀尖に惹かれるように、矢張り、じりっと刻んだだけであった。
「ならぬ――ならぬ。出るなと、申すに」
月丸は、小太郎の背後の何かへ叱りつけた。小太郎は、そう叫んでいる月丸に、十分の隙はあったが
(家中の者の前で、卑怯な振舞をしたくはない。よし、討たれても、こういっている隙へ打込むのは、卑怯だ)
と、思った。だが、その隙を利用して、ととっと、河岸へ退って、柳の大木を、左手に、川をうしろにした。そして、月丸の叫んだ方をすかして見た。
闇の中に、人影が動いていた。柔かであるし、息の調《ととの》ってない動き方、歩き方は、女らしかった。
(妹――?)
と、感じた。だが、その瞬間に、月丸は
「邪魔なっ」
と、呟いて、少し、低い位置に立っている小太郎へ、下段の刀をつけてきた。
「牧殿、あれは?」
「無用っ」
と、答えるが、早いか
「ええいっ」
川面に響き、街へつん裂き亙って、爆弾の如く、全力的な叫び。
「とうっ」
その、張り切った気合を受けて、弾き返した瞬間、小太郎は、柳の木蔭へ、躱《さ》けていた。何う斬って、何う引いたか――月丸は、刀を元の如く下段につけて、静まり返っていた。小太郎は
(出来る)
と、思った。そして、今の一撃に、全力を込めた月丸が、呼吸を調えて、第二の襲撃に移る間に、こっちから、一撃を加えようと、じりっと、一足出た。
「兄さま」
涙と、声とが、もつれ合っていたが、妹綱手であった。小太郎は、その声を聞くと同時に
(妹と月丸と、何かがあるにちがいない)
と、感じた。そして、そう感じると、妹へ、月丸へ、訳もなく、怒りが湧いて来た。何んとなく、二人に計られたように感じた。
綱手の影は、足許が、もつれるように近づいた。
「来るなっ」
「危いっ、寄っては――」
と、小太郎と、月丸とが、同時に叫んだ。
「や、やめて下さりませ。頼みまする。何事も、妾が、わ、妾が、悪いのでござります」
綱手は、裾を帯の間に挟んで、白い足を出して、倒れかかるように、二人の刀の間へ走り込んで来た。その一刹那だ。
「とうっ」
それは、鉄板を突抜くような、強い気合であった。小太郎の刀は、光を掠めた如く、月丸の胸へ走った。
「ああっ」
綱手は、絶叫した。
小太郎の刀は、十分に延びていた。月丸は、よろめいた。それは、小太郎の気合の鋭さに、圧倒された、よろめきであると同時に、その気合と共に、躱けようとした、本能的の、よろめきであった。
だが、刀の延びた割に、小太郎の右足は、小太郎の心のままに踏み込んでいなかった。そして、綱手を、突きはしなかったかと、はっとした――それは、ほんの一秒の、何十分の一かのような隙ではあったが、一寸、心の弛んだ瞬間――その瞬間だけで、刀尖から、掌へ、掌から、腕へ感じて来る手答えが、予期していたよりは、不十分であった。だが
(少しだが、突いたぞ)
と、感じた。
「妾をっ――」
綱手は、狂人のような叫びをあげて、小太郎に、縋ろうとした。
「殺してっ――」
綱手の頭、白い顔が、小太郎の前で、閃き、油の香、白粉の匂が、微かに漂った。
「綱手――」
月丸は、荒い息を、吐き出すと同時に、喘ぐ声で叫んだ。
「除けっ」
小太郎は、縋りつく綱手を、左手の肱と、足とで、払った。綱手は、よろめいて、倒れかかりながら
「兄さまっ」
両手を、下から延すのを
「たわけがっ」
左手を、柄から放して、突き倒した、かと、思うと
「ええいっ――ええいっ」
猛獣の、吼号するような懸声であった。小太郎は、綱手の取乱した姿に、憤っていて
(武士の娘に、あるまじき、不覚の振舞)
とも、感じたし
(許して、とか、殺してくれ、とか、月丸と、割無き仲になっているのではないか? 仇敵《かたき》の倅と――)
とも、ちらっと、頭に閃いたし――だが、それよりも、綱手を、突倒してまでも、月丸へ、斬りかかって行くのは
(この機を外すと、己が斬られる)
と、思う、剣道上の心得からであった。対手に薄手傷を負わした上は、踏み込み、畳み込んで、仕留めなければ、対手が、どう死物狂いになって来るか、判らないからであ
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