静かであったが、その決心は、眼の色に輝いていた。
「御心中は、某も、同様――」
「時日、場所共、存分に、御取決めを願いたい。某は、只今即刻にても、苦しゅうござらぬが――」
月丸は、小太郎を、促すように、云った。
「よく、この宿が判りましたのう」
月丸は、答えないで頷いた。
「妹でも、申しましたかの」
「いいや」
「武士として、かく、申し込まれた上は余儀ない事でござろう。承引仕ろう。場所は――何分、不案内の土地のことゆえ、御貴殿の方にてよろしく、お選み願いたい」
「夜も、更けたことゆえ、邪魔物もござるまい。その橋たもとは?」
「成る程」
小太郎は頷いた。
「御一人でござろうな」
「申すまでもござらぬ。余人の手を借りて、卑怯の振舞をなす如き――」
「いやいや、御貴殿のことは疑い申さんが、当地へ参るまでに、様々のことが、ござって、用心の上にも、用心と――」
「御尤もの儀」
「勘定、その外のことを片づける間、暫く、お待ち願いたい」
小太郎は、少し、腑に落ちぬこともあったが、月丸の、偽らない申し条を聞いて、断る訳には行かなかった。口実を設けて、断られぬこともなかったが、同じ家中の者として、そんな振舞はしたくなかった。
下へ降りて行って、番頭に、急に立つから、といい、番頭を外へ出して、街の様子を見にやったが、怪しいこともなかった。小太郎は
(意外な事の起るものだ。然し、これも、宿命であろう)
と、思った。
「牧氏に、お頼み申したいが――」
小太郎は、降りる時にも、街へ出てからも、月丸を、暗闇を、注意していたが、月丸の言葉の如く、誰も、加勢などに来ているものがないと判ると、月丸の武士らしさに、信頼の心が起って、こういった。
「はて――」
「某の妹を御存じか」
「綱手殿か」
「左様――もし、某が、貴殿の刀にかかった上は、仔細のこと、それに、お申し伝えを願いたい」
「論ないこと、しかと、御引受申す」
「刀、懐中物など、形見として、お渡し願いたい」
「申すまでもなきこと――」
小太郎は、未だ、世の中に、何かし残したことがあるように、茫漠とした世の中への望みが、頭の中にいっぱいに拡がっていたが、それが、何ういうことであるか、はっきり判らなかった。
(牧仲太郎を討つことだ)
と、思ったが、それだけでもなかった。そして、その牧を討つことでさえ、何んだか、漠然としたようで、ただ、次々に湧いてくる自分の危急を、可笑しいもののように、微笑んで眺めていた。そして、自分を討ちに来ている者と並んで、静かに、平然として、歩いておれた。
(叡山の上で、右へ、右へと叫んでいた声は、父でなかった。牧が、父を支えながら、叫んでいたのだった。敵ながら天晴れだ、と思ったが、この月丸も、若いが、えらい。討たれてやってもいい――しかし、自分の方が、優れていたなら、討ってもいい――いや、討つのには惜しい男だ。斉彬公は、きっと、惜しまれるにちがいない)
小太郎は、月丸を、長い間の親友のように感じてきた。
薄月の夜であった。河岸の枯柳は、黒く垂れていて、風は無かった。河水は、鈍く光っていた。高麗橋の橋詰には、夜番所があったから、少し行きすぎて、舟着場の端まで行った。
「この辺りなら――」
と、月丸が、振向いて、微笑した。
「結構」
「では、お支度を――」
二人は少し離れた。そして、襷をかけ、股立をとって、跣足になった。そして、刀を抜いて、目釘をしめした。小太郎は、刀を提げて
「某の流儀は、鏡心明智流を元として、一刀流を、いささか、学びましたが――」
と、声をかけた。二間程離れると、もう、はっきり、顔が、見えなかった。
「某は、国許の、薬丸流っきり――」
「薬丸なら、斬られても、一思いでござるな、ははははは」
「では――」
月丸は、刀尖《きっさき》を、地に下ろすと、すぐ、右肩の上へ、真直ぐに刀を立てた。同じ、示現流から、東郷、薬丸の二派に分かれた内の、薬丸流唯一の構えであった。
「いざ」
小太郎は、正眼につけて、一足退った。かと、思う瞬間、一足出た。薬丸流に対して、余り、距離をあけることは、不利であったからであった。
だが、その刹那だった。月丸も一足退ると、正眼に構え直した。小太郎は
(はて)
と、思った。そして、すぐ、正眼から、頭上へ、真直ぐに、大上段に、突き立てるであろうと思っていたが、月丸は、そのまま、じりっと、刻んできた。薬丸流ではなかった。小太郎は
(偽ったな)
と、思った。そして、そう思うと同時に
(負けるものか)
と、決心した。その途端だ。月丸は
「出るなっ、出るなっ」
と、何かへ、叫んだ。
「加勢か」
「いいや」
月丸は、いいや、と云ったが、小太郎には加勢だと思えた。自分が、叡山での斬込みの腕を知っている以上、一人で来た、と云
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