の決心は、動きそうになかった。

 綱手は、月丸を、悉く信用していたが、いつか、袋持三五郎が、憤りながら
「月丸は、見かけによらぬ奸智に長《た》けた奴、油断すな。といっても、恋に、眼の眩《くら》んでいる、お主には、わかるまいが――」
 と、いった言葉を思い出した。そして、月丸の態度を、言葉を、吟味したが、綱手には
(袋持様が、二人の仲を、切らせようと、あんなことを――)
 と、しか、思えなかった。叡山で、小太郎の部屋へ忍びに行ったことも、綱手には、月丸の、武士の意地から、としか、考えられなかった。少しの疑いはあっても、恋心が、それを打消して、いい方へ、いい方へと、解釈した。
 月丸が、歩きながら、こう説いてくると、だんだん、綱手には、尤ものように思えてきたし、小太郎の在所を秘したために、月丸に別れられることは、自分の死ぬことであった。
(同じ死ぬなら、いっそ)
 と、自棄な気持が、少しずつ、強くなってきた。
(死のう。死ぬより外はない。その代り、今夜一晩は、語り明して――月丸の、機嫌のいい顔を見て、父に詫び、母に詫びて、死のう――)
 と、思った時
「小太郎は、わしのことを知るまい。よって、わしが、牧の倅であることを打明け、父を狙う小太郎を、そのままに、許しておけぬ故に参った、と、尋常に名乗りかけて、勝負致そう。もし、武運拙く、わしが斬られたなら、綱手、死んでくれい。な、わしを兄へ手引致すのではない。牧の倅を、小太郎の首を狙っている者を、小太郎の許へつれて参るのじゃ。武士の娘として、詮《せん》ない、宿命と、諦めてくれい。わしとて、恋仲の女の兄を討つに、気軽に、参れるか。小太郎に討たれて、二人で抱き合って死ぬか、小太郎を討って、帰参して、二人の恋を完うするか。綱手」
「はい」
 綱手は、涙声であった。
「綱手、そちは、わしを、本当には、想ってはいてくれぬな」
 月丸は、鋭く、叫ぶように云った。
「えっ?」
「教えずとも、存じておる。小者より聞いておる。然し、そちを欺して、討ちに行くのをしとうないから、そちの口から聞いて、そちの心を知りたいと存じておった。それに、わしが邸までも捨てておるに、兄一人が、これ程申しても捨て切れんか。最早、頼まぬ。小太郎の宿所を申そうか。高麗橋じゃ」
「ええっ」
 京から旅人が来るのは船より外になかった。そして、船は、八軒家か、高麗橋へ着くし、そこには宿屋が並んでいるのを、綱手は知らなかった。
「従いて参るなりと、別れるなりと――」
 月丸の足が、早くなった。綱手は、月丸の袖を掴んだ。
「御存じの上は――」
 と、いって、声がつまってしまった。月丸は、袖を、二三度払って、綱手が、放さないので立止まった。
「見っともない」
 綱手は、涙の流れるままの顔で、月丸を見た。そして
「御案内――致します」
 涙に、曇った声であった。
「綱手、お互に、苦しいのは、一緒であるぞ」
 綱手は、人通りの無いのを見て、月丸の胸へ縋って、顔を押伏せた。月丸は、綱手の肩から、背を抱きながら
「泣くな」
 と、云った。そして、じっと、肩を波立たせて泣き入っている綱手を見下ろして、じっと、笑った。手だけは、しかし、抱きしめていた。

 小太郎は、延べさせておいた床を、片隅へ押しやらせて、月丸を招じた。そして、床の間の後方に、いつでも、刀を取れるように坐った。
 月丸は、わざと、刀の柄を、後方右手に置いて、害心の無いことを示してから
「深夜に、御手数を相掛け、済まぬ儀でござる。申し上げましたる如く、当蔵屋敷詰、無役、百城月丸と申しまする」
 と、挨拶した。
「申し遅れましたが、仙波小太郎――御用の趣、何か、妹の儀に就きまして――」
 と、微笑むと
「いいや、家中に、御存じの、騒がしきこと有りまする折柄、或いは、御断りになろうかと存じまして、御無礼ながら、左様の口実を設けましたる次第、御容赦に預かりとうござる」
 月丸は、丁寧に、礼をした。
「ははあ、――して、実《まこと》の用件は?」
「唯今、申し上げた、某の姓名、百城月丸とは、蔵屋敷のみにての通り名、本名は、牧周馬、御存じの、牧仲太郎の倅でござる」
 小太郎は、じっと、月丸を見つめた。月丸は、俯向きながら
「武門の慣わしとして、かく、お見掛け申したる上は、是非に及ばぬ儀と心得――」
 ここまで、いって、月丸は、微笑しながら、面を上げた。小太郎は、頷いた。
「――尋常の勝負を致したい。この儀、御承引下さるまいか」
「いかさま」
 小太郎は、もう一度頷いて、月丸の、立派な態度に、感心した。
「貴殿の父、八郎太殿の斬死を御無念と思われると同じこと、父を覘《ねら》う貴殿の在所を知っては、某として、御見逃し仕る訳には参らぬ。討たれるか、討つか、千に一つの勝負を決しとうござる」
 月丸の言葉は
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