った。相打のつもりにでも、かかって来るか、斬らせて斬るつもりで、捨身に来るか? それからまた、早く、勝負をつけないと、人が集まり、役人の来る恐れがあった。
 小太郎は、一撃を与えると共に、綱手を突き倒しておいて、狼の如く、襲いかかった。月丸は
(いけない)
 と、感じた。ちらっと
(敵わない)
 と、思った。そして、崩れるように、たたっと、四五尺退った。
「ああっ、誰かっ――」
 綱手は、髪を乱して、裾を乱して
「来て下さいっ」
 小太郎は、それを聞くと同時に、綱手に、激怒した。
(何んという、嗜みのない振舞――言葉)
 そう思うと、自分が、卑怯な振舞をして、恥辱を受けていることよりも、恥かしくなってきた。憎悪に輝く眼を、綱手に、向けて、蹴倒した。その、一刹那
「や、やっ――やあーっ」
 月丸の、必死の斬込みだ。小太郎は、躱けて、退いた。その袴の裾を、綱手は、しっかと、握った。そして
「ま、待って下さりませ、百城様、兄様っ」
 転んだ。引擦られた。引擦られながら、起き上ろうとした。髷が崩れた。眼は狂っていた。頬も、脣も、歪んで、襟も、裾も、肉を現していた。
「綱手っ、危いっ、放せっ」
 月丸は、悪魔のようになって、絶叫しながら、畳みかけて打込んで行く。斬らして斬る覚悟の刀。小太郎は、軽く流し、軽く避けて、退きながら、隙を窺っていると、綱手は、半分、立上って、膝をつきながら
「待って――」
 と、延上った一瞬へ
「くそっ」
 月丸の、必死の、一撃――小太郎は、さっと、退いた。
「ひっ――」
 綱手の咽喉から、迸《ほとばし》った叫びは、二人の耳から、胸を、ぐっと突いた。

「ああーっ」
 綱手は、牡丹の花弁の落ちるように、崩れ倒れた。
「待てっ、仙波。待てっ、待てっ」
 月丸は、刀を引いて、左手で、小太郎を押しとめた。そして、刀を投げすてて、絶望的に
「斬った」
 月丸は、吐き出すように叫んで、小太郎にかまわず、綱手の、崩れ倒れている上へ、かがみ込んだ。小太郎は、それを見ながら、刀を提げたまま、黙って、肩で呼吸をしていた。
 船の中に、灯が動いていたし、橋の上、街の角には、いくつも、提灯が、並んでいた。
「綱手」
 月丸は、綱手の肩をさぐった。そして、腰の印籠へ手をやりつつ
「しっかりしてくれ――綱手っ」
 薬を、口の中へ押入れようとすると、綱手は歯を噛みしめ、両手の拳を握って、身体中を、顫わしていた。
「口を――」
 月丸は、小太郎へ哀みを乞うように見上げた。
「小柄で、押開けるがよい」
 小太郎は、冷やかに、こう云って、川岸から、舟への歩み板を、半分程渡って行って
「船頭、灯をかしてくれぬか」
 舟からは、答えがなかった。
「船頭っ」
「へっ」
「灯を貸せ」
 灯が、動いて、船頭が、裸蝋燭を持って来た。
「済まぬ。借りるぞ。ついでに、水をすぐにな」
「へえ」
「恐ろしゅうはない。斬られた者を、介抱するのじゃ」
 船頭は、黙って引込んだ。小太郎が、蝋燭を持って、二人の横へ来ると、綱手は、白い眼をして、脣を痙攣させていた。襟から、胸へ、肩へ、血が流れていた。着物は、土まみれになっていたし、髪の根は落ちて、毛が顔へかかっていた。
 小太郎は、今まで、憤って、死ね、不覚者、そんな不覚者は、斬られた方がいいのだ、と思っていたが、その姿を見ると、その憤りの上へ、悲しさと、可哀そうさとが、漲《みなぎ》り上って来た。
「深手か」
 と、いって、月丸の上へ、膝をついて、蝋燭を差出すと、月丸は、蒼白な顔をして、額に、脂汗を出しながら
「許して――」
 と、いったまま、俯向いて、頬も、脣も、ぴくぴく引きつらせていた。月丸は、綱手の口へ薬を押込んでから、活を入れた。小太郎は
(助からぬらしいなら、生き返さない方がいい。苦しますのは、いじらしい)
 とも、思ったが、生き返らせて、一言でも、言葉を交したい、とも、思った。
 綱手の眼に、黒い瞳が、ちらっと、現れると共に、大きい息をして、身体を、手を、脚を、首をもがいた。月丸が
「綱手」
 と、耳許で、叫んだ。
「綱手っ、見えるか」
 小太郎が、蝋燭と、顔とを、差出した。綱手は、もう、乱れかかろうとする視力を、集めて、二人の顔を見ると、頷いた。そして、顫える手を、延して、小太郎の膝を、掴んだ。小太郎は、微かに、涙をためていた。
「月丸様と――」
 綱手は、微かに、これだけいって、眼を閉じて、首垂れた。船頭が、水を持って来た。
「水じゃっ。飲むか」
 小太郎が、口へ当てがった。綱手は、細く口を開いた。水を、苦しそうに、が、甘《うま》そうに飲む綱手を眺めている内に、小太郎は、憤りを、すっかり忘れてしまって、不幸な家に生れて、こんな死様をする妹は、仮令《たとい》何をしようとも許してやらなければならない、という風に
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