教訓、よく噛みしめて、物に当れ。よいか。南玉と、庄吉は、付人じゃ。然し、頼りにはするな」
「頼りにするなは、ひどうげすな」
 益満は、口を結んで、俯向いている深雪を、じっと、見下ろしていた。

(いつか見た――今まで、まざまざと残っている、あの父の血塗《ちまみ》れの夢は、正夢であった)
 と、思うと、悲しさと、憤りとが、いっぱいになってきた。
「不束《ふつつか》でござりまするが、御教訓、忘れは致しませぬ」
「うむ」
「して、父上は、如何《いかが》して、亡くなりましたか。いつかの夢に、斬られている姿を、見ましたが。それから、御師匠様からも、それとなく非業の死を遂げたらしいと、聞きましたが、矢張り――」
「その通り――」
 益満は、腕組をしたまま頷いた。南玉と、庄吉とは、顔を見合せた。
「争えんのう、父娘《おやに》だ。どろどろっと出たんだ」
「対手は、牧仲太郎。噂に聞くと、三十人余りの中へ、小太郎と二人で、斬込んだらしいが――」
「兄上は? そして?」
「小太郎は助かったらしいが、消息が判らぬ。わしが、叡山へ馳せつけたのは、丁度その翌日。牧もおらぬし、小太郎を探したが、見つからぬし、牧のあとを追って、江戸へ戻って来る途中、この庄吉に逢ったのじゃが――」
「あすこで、お目にかからなかったら、あっしゃ死んでおりましたよ」
「御教訓に従いまして、上方へ参ります」
「路銀、支度のことなど、調えておいた」
「足りないところは、張扇《はりおうぎ》から叩き出す」
 と、南玉が云った時、南玉の表口あたりで
「師匠――おおいっ――留守かい」
 と、叫びがした。三人が、表口の方を見て、不安な眼付きをした。益満が
「小藤次の奴輩《やつばら》だの」
 と、笑った。
「留守だよ」
 南玉の向い側の人が云った。
「何処へ行ったい」
「あいつのことだから、判んねえや。寄席で、下足でもいじってやすめえか」
「深雪って、娘が、来なんだかい」
「ここの長屋は、皆、下地っ子に売っちまって、娘は只今、お生憎様だ。そのうち、こしらえておかあ」
 戻って行く足音がした。
「向いの平吉、科白《せりふ》がうめえや。そのうち、こしらえておかあ、と来やがった」
「だって、商売が、新粉《しんこ》細工じゃねえか」
「あっ、そうか」
「旅に立つのは、明朝、明けきらぬうちに、南玉、いつでもよいのう」
「この張扇一本、打出《うちで》の小槌《こづち》みてえなものでげす」
「庄吉の用意は?」
「先生、ちっと、申しにくいんだが――」
「何?――金のことかの」
「いいえ――あいつ」
「富士春か」
「可哀そうな気が――」
「心得た」
「先生、元のように、可愛がってやって下せえ。あっしの頼みだ」
「恭なく、頂戴仕る」
「いや本当に、戯談で無しに――あいつあ真実、手の無いあっしに、よく尽してくれましたよ。だが、今、別れてやるのは、あいつのために、先生、いい別れ時だと、あっしゃあ、思っていますがね」
「庄吉、お前、何故巾着切になった?」
「あっしですかい――さあ、何う云ったら――えらそうな奴の、肝を潰すのが、面白いからでげすかな」
「一寸踏み外した形だのう――惜しいものじゃ。富士春のことは、心配致すな」
「有難うございます。これで、安心した」
「然し、庄吉、世を救うためには殺すかもしれぬ」
「世を救うために――ええ、ようがすとも。深雪さんだって死ぬんだ。ようがすとも」
 黄昏が近づいて来たらしく、部屋の中が、暗くなってきた。三人は、時々軽い口を利きながらも、何処となく沈んでいた。

  宿命の渦

 表には、知らぬ人の名が書いてあった。披くと、小太郎からの手紙で、傷が癒ったから、大阪へ来た、宿にいるから、来るか、行こうか、としてあった。
 綱手の胸は、握り締められるように、苦しかった。いつか、この苦しみが来ると、覚悟はしていたが、兄に会えば、兄は月丸との地獄に堕ちた恋を、きっと知っている、というような気がした。
(怒って、斬るであろう。いや、死ね、というだろう。その時は、自害してもいい。然し、その前に、月丸へ、このことを話したい。そして自害したい――いいや、話をしたなら、月丸は、きっと、小太郎を討ちに行くにきまっている。では、このまま、黙って――そんなことは出来ない)
 綱手は、同じことを、幾度も繰返して考えていたが
(いやいや、これは、自分の気の咎めで、兄は何も知らない、知ろう道理がない)
 綱手は、手紙の文字から、紙から、小太郎が、何か知っているだろうかと、それを探し出すように、暫く、眺めていたが
(小太郎は、知りはすまい、知れよう道理がない)
 と、思った。そして、その手紙を持って、女中頭へ頼み、鼻薬を使って、一刻だけの暇をもらった。
(兄は、これから何うするのかしら)
 そう思うと、汚い着物を着て、
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