うかとまで考えたが、仲間に鼻薬を与えて、聞き込むと、小藤次が、上手に立廻ったらしいから、何れ、と、待ち受けておると、案の定――」
「先生、あの尻振りは――」
「あはははは、見ておったか?」
南玉が、火種を持って上って来た。
「戸締りをしておいてくれぬか」
南玉は、火鉢へ火を入れていた。深雪は、益満が、戸締りといったのに、庄吉が立上りもしないので、ちらっと庄吉を見た。
「南玉、戸締り」
「ははっ――と、立上り」
南玉は、節をつけて、戸締りに立上った。
「深雪、庄吉は、腕を斬られた」
「は」
深雪は、益満が、何故そんな古いことを、改まっていうのか判らなかった。
「小太郎に折られた手首のことではない。ここから斬られたのじゃ」
「ええっ――それは? 何うなされまして?」
「いわば――」
と、益満がいうと、南玉が、戻って来ながら
「主への心中立かの」
庄吉は、俯向いて、淋しい、右肩を眺めていた。
「毒死致した調所、あれから、密貿易《みつがい》の証拠品を盗み出した。その時に、斬り落されたのじゃ」
「まあ」
「庄吉は――その証拠の品を、そちに与えて、公儀へ訴え出させる所存であった。浪人にされて、島津を恨んでおろう。それには、島津を倒すのがよい――と、調所の風評を聞いて、密貿易の証拠を盗ったのは、庄吉としては尤もな考えじゃが、そうもならんで、わしが、二三考えて、訴え出ることは出た。御家へ疵のつかんようにしてのう。調所は、そのために毒死したのじゃ。元兇の一人を討取った手柄は、庄吉が第一、然し、その庄吉は、――のう、庄吉、深雪に申そうか」
「じょ、戯談《じょうだん》を――」
庄吉は、右肩を動かし、左手で益満を止めた。
「思い切ろうか、切るまいかって、唄があらあ」
南玉が
「いっそ、死のうか、何んとしょう、身分ちがいの仲じゃもの、所詮、添われぬ縁じゃもの、チ、チン、過ぎしあの日の思い出を、胸に収めて遠旅にって、深雪さん、庄吉って野郎は、貴女に手柄立てさせたさに、腕を斬られっちめえやがったのでね、唐、天竺、三界《さんがい》かけての、素間抜け野郎でさあ」
深雪は、庄吉の真心を、前から、感じていないのではなかった。だから、腕を斬られてまでと聞くと、ひしひしと身にしみるようであった――だが、余りの情熱さに、薄気味悪くも感じられた。気の毒とも思ったし、可哀そうとも思ったが、それが、自分への恋からである、と考えると、斬られたことには御礼をいいたいが、庄吉を慰めるのは、厭な気がした。
「それで、深雪、そちも存じておろうが、大殿は、参覲交代にて、御国許へ参られる。調所の件で、延び延びになったが、一両日中には立たれよう。さすれば、万事は、国許でということになる。丁度幸い、南玉も、旅慣れておるし、庄吉も――この男は、返す返すも不運での」
「先生、そいつまでは、仰しゃらずに――お嬢さん、ちょいと、申し上げておきたいんは、あっしゃあ、色恋からじゃござんせんよ」
「※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]を吐け」
と、南玉が、鼻先で、指を庄吉へ向けた。
「色恋と、一口に、いってもれえたくねえんだ。そりゃ好きさ。好きでなけりゃ、出来る仕事けえ。だが、巾着切って、剽《ひょう》きん者さ――理窟はよそう。お嬢さん、あの富士春って、あっしの女、御存じでしょう」
「はい、いつか、一度、お目にかかりました」
「あいつめ、あっしの手は無くなるし、二人の仲あ、町内へ知れて、弟子は来なくなるし、近頃は、流しでさあ」
「流し?」
「そう、表口へ、べんべん弾いてくる奴がござんしょう」
「まあ、あんな稼業に――」
「で――」
と、いった庄吉の言葉は、微かに、湿っていた。
「いつまでも、彼女《あれ》の世話になっていたくはねえし、あっしも、御供をして、南玉と二人でお嬢さんを、お国許へ届けようと、もう、この間っから、相談しておりましてね」
「小父様、それは、本当でござりますか」
「小太郎も探したし、それに、深雪――八郎太殿は、亡くなられたが、存じておろうのう」
「父《とと》様が? はい」
「不覚の涙を流すでないぞ。赤の他人の庄吉が、腕を斬られてまでも尽しておるのじゃ。忠義のために殺された父御《ててご》へ、涙を流すなど、草葉の蔭で嘆かれるぞ。喜べ。一家、一族、悉く殺されても、意地と、忠義を貫くのが、武士の慣わしじゃ」
深雪は、俯向いて、そっと、目へ袖を当てた。
「供養にならぬ涙を流そうより、大阪表へ参って、又国許へ参って、手頃の仕事で、父の志をつげ。よいか。わしは、暫く、江戸の同志と謀ることもあり、又天下のために策謀すべきことも起っておる。齢端行かずとも、もう一人立ちはできよう。もし、進退|谷《きわ》まらば、死ね。いつまでも、小娘ではない。仙波八郎太の子として、これまでの
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