、小藤次へ、振向きもしないで
「そうれ、大井川――ゆっくり、お休み」
「あの女のことで」
「寝首を掻かれんようにの」
お由羅は、濃い青磁色に、紅梅模様を染めて、蕋《しべ》に金銀糸の縫いのした被布を被ていた。堆朱の台に、古金襴をつけた脇息に、片肱をつかせて
「調所の供養じゃと思うて、あれの、命を助ける程に、礼をいうなら、仏に申し上げや」
「ふむ」
小藤次は、腕組をして、賽のころがるのを見ていたが
「拙いな。一寸、貸してみな」
振る番に当った女が、賽を渡すと
「四の目と出りゃ、府中か。それ、こう持って、こう振るんだ――ほら」
註文の四が出た。
「まあ、お上手に、遊ばしますこと」
三人の侍女が、小藤次を見て称《ほ》めた。
「そんなことだけが取柄」
「それで、今から、宅《うち》へ、連れ戻りたいが、ええかい」
お由羅は、脇息から肱を放して
「煙草」
と、いった。一人が、銀の延煙管を取上げて、煙草をつめた。そして、お由羅に渡すと、一人は、高蒔絵した煙草盆を、手頃のところまで、差出した。
「一枚、役者が上ゆえ、気をつけぬと――」
「それくらいのことは、心得ており申す」
腰元が、俯向いて、笑った。
「自分では、心得ており申しても、先方は、もっと心得ており申して――」
と、お由羅が、いうと、腰元は、声を立てて、俯向いて、笑った。
「それくらいのことあ、いくら、何んでも――」
「心得ており申しますかの」
腰元の一人は、胸を押えて、横になって笑いこけた。
「台無しだ。とにかく、心配してもらわんでも、うまく料理するよ。高が小娘|一疋《いっぴき》ぐらい、いざとなれば、指の先で、ぴしっ――」
「また、下卑た――」
お由羅が、軽く睨んだ。
「一言お前に届済みにさえしておきゃあいいんだ。後で叱られると、うるせえから――」
「叱られるようなことさえ為《な》さらなんだら、誰が、好んで叱ります?」
「はいはい、何うも、皆様、御邪魔様で――では、深雪を頂戴して参じます」
小藤次は、立上って、一足踏み出しながら
「何れ、支度金を、その内に――」
と、小声で、口早にいって
「次は、誰が振る役」
と、いっている、妹の声を聞きながら、出て行った。そして、廊下づたいに、物置部屋へ来ると、左右に、坐つている侍女へ
「女を、連れて参る」
厳格な顔であった。
「お上へ、伺って参りますから」
「早く致せ」
侍女の一人が、お由羅のところへ、許しを得に行った。小藤次は、襖の中へ入ると同時に、にたにた笑って
「さあ、大手を振って戻ろうぜ」
と、深雪にいった。深雪は、俯向いたままであった。
小藤次は、一人の供と、深雪とを連れて、門を出ると、心の底に、嬉しさと、誇りとをいっぱいに湧き立たせながら、むずかしい顔をして、往来の真中を歩いた。人々は、深雪を眺め、振返って行った。
(別嬪だろう。これが、明日から俺の女房になるんだぜ。丸髷に結ってな)
人通りが無くなると、小藤次は、にやっと、ほくそ笑んでみた。そして、町人の態度で、やさしく
「町籠は、すぐ近いから」
振向くと、深雪は俯向いて歩きながら
「いいえ、それには及びませぬ。歩き慣れて、おりますから――」
「歩き慣れているからって、せいぜい邸の中ぐらいのものだろう。そろりそろりと参られましょうで、四国町へ行く内にゃあ、日が暮れらあ」
小藤次は、人が来ると、すぐ、澄まし返って、武士らしくなった。深雪は
(とにかく、邸は出たが、このまま小藤次の家へ行けば、邸の内で押込めに逢っていたよりも、危い)
と、思った。だが、何もすることもできなかった。曇った心の中に、四国町の街景色、小藤次の家、薩摩屋敷、自分の住家などが、幻になって、浮き、沈みした。
(行けば、又、何んとか、その場逃れのことをいって――それに、南玉の家にも、庄吉のところにも近いし――)
そう思うと、この近くの何《ど》っかから、庄吉が、自分が、こうしているのを、見ているように思えた。
(親切な庄吉――)
深雪は、四国町の近くから、四国町を、なるだけ、ゆっくりと歩いていたなら、きっと、南玉か、庄吉かに見つかるであろう、二人が見ないでも、誰かが見て、二人に話をしてくれるであろう、二人が聞いたなら、何んとかしてくれるにちがいない、それが、その夜の出来事になるか、二日目になるか? 何うしてくれるか、判らないが――それまで、小藤次を防いでいたら――と、思った。だが、万一の時、何うして、小藤次の手を、振切るかを考えると、身体中が、寒くなってきた。
(あの下賤な職人が、大勢いて――)
と、思うと、こうして、小藤次と歩いているのでさえ、身体が汚れてくるように感じた。
(だが、この人は、悪い人ではないし、本当に、妾を想っているらしい。でも、妾は、心から嫌いなのだか
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