ら――堪らない、男臭い臭、下品な物のいい方、卑しい眼付――)
と、思った時
「喜平、駕がある。あつらえて参れ」
と、小藤次が、供に命じた。
「へい」
駕が、一梃、火の番小屋の横に置いてあった。柳の木と、火事見|櫓《やぐら》とが、その上に、聳えていた。
「いいえ、歩きます」
「戯談じゃねえ。四国町まで、三日もかからあ、そんな、あんよじゃあ――」
と、声高に、云った時、火の番小屋の中から、駕屋が、手拭を提げて、御辞儀しながら出て来ていた。
(駕に乗っては、四国町の辺の人に、自分が、小藤次の家へ入るのを見つけさせる訳には行かない。それを見つけさせておかなかったら、誰も、庄吉へ、南玉へ、知らしてはくれないから)
深雪は
「要りませぬ。妾、歩いて参ります。妾一人で乗るのは勿体のうござりますから」
「何をいう。手前は、高が大工でござります。貴女はお姫様。えへっへっへってんだ。いや、もそっと参ると、又見つかるから、その時にゃ、わしも乗る。遠慮せんでよい、先ずお乗り」
「いいえ、では、小藤次様が、お先きに」
駕屋が、小走りに、走って来た。そして、駕の垂れを上げて
「何《ど》うぞ、旦那様」
「いや、乗るのは、女じゃ」
駕屋は、御殿風のしいたけ髱《たぼ》の深雪と、小藤次とを見較べて
「じゃあ、お腰元様」
と、御辞儀をした時
「小藤次、御苦労」
と、小藤次の後方で、声がした。
駕へ手をかけていた深雪が
「ああっ」
と、低く叫んで、振向いた。と、同時に、小藤次が、一足退って、刀の柄へ手をかけた。供の小者は、小藤次の後方で、脇差を握った。街の人々が、一時に、四人を眺めた。
「御苦労」
益満が、笑っていた。小藤次は、黙って、柄から手を放した。そして、益満を睨んで
「御苦労?」
益満は、それに答えないで、深雪に
「参ろう」
深雪は、身体を顫わせながら、運命に感謝した。
「はい」
二人が、立去ろうとすると
「待てっ」
「ははあ、何か用かの」
益満は、深雪を、自分の背後へやって
「大工守利武殿には、何か某に御用ばしござるかの」
「人の女を、何うしやがるんでえ」
「貰うて参る」
「貰うて参る?」
小藤次は、藩中一の暴れ者に対して、心の中では脅えていたが、のめのめ引きさがるのは口惜しいし、深雪を手渡すのは、それよりも惜しいし、見ている人々の手前も、このままでは済ませなかった。頭が、じんじん熱くなって来て
(この野郎、何うしてくれよう)
と、叫んでいたが、手は出せなかった。出したくて耐えきれぬまでに、憤りと、口惜しさとが、こみ上げていたが
(うっかり手出しはできぬ)
と、思ってもいた。
「人の女を、畜生っ――喜平っ、一っ走りして、手を借りて来い」
「ようがす」
小者は、益満を睨んで、脇差を押えて、邸の方へ、走って行った。
「旦那、駕は、何うなりますんで――」
駕屋が、小藤次に、無頼漢らしい物のいい方をした。
「黙れっ」
「黙れって、呼んでおいて、旦那」
駕屋は、小藤次の口の利き方で、怪しい侍と考えたらしかった。
「小藤次、乗って参ればよいではないか、遠慮せずに――大身の身じゃ。拙者共は、歩いて参る」
「喧《やかま》しいやい――深雪、おのれ、益満と行く気か」
深雪は、益満の背後から、顔も出さなかった。
「約束を破るのか」
「旦那、駕は、一体――」
「この、獣っ、黙って引込んでろ。話ゃ、後だって、出来らあ」
「獣?――獣たあ、何んでえ。駕をもって、遊んでるんじゃあねえや」
「そうとも、駕屋、しっかりやれ。小藤次、貴公にゃ手頃の対手じゃ。一番、大工上りの手強いところを見せてやれ」
「何っ」
小藤次は、刀へ手をかけないで、腕捲りをした。
「殺されたって、男の意地だ。女は、やらねえ。やいっ、深雪、このまま逃げりゃあ、お尋ね者の益満と一緒に、ただじゃ置かねえぞ。おとなしく一緒に、俺と――」
と、小藤次が、云った時、駕屋が、向う鉢巻をして
「乗らなきゃあ、いくらか、酒手を貰おうかい。えっ、旦那、二本差していて、人を呼んでおいて、駕屋、いらねえじゃあ、旦那の方が、獣でげすぜ」
益満が
「駕屋、この娘を乗せて参れ」
「へい」
「三田四国町、大工小藤次のところまで――」
そう云って、懐から、銀を渡した。
「何を――」
「利武殿の許へ、送り申そう。ついて参られるがよい」
小藤次は、益満を睨みつけていた。深雪が、ためらっているので、眼で合図して、乗せると
「駕屋、急いでくれ」
「合点だっ」
駕は、小走りに走り出した。益満も、つづいた。小藤次は、何う考えていいか、判らないで、ぼんやりしながら――然し、駕が走り出すと、自分も、その背後から、走るより外に、方法が無かった。
往来の人々は、走って行く駕と、人とを見較べて
(何か急用か、
前へ
次へ
全260ページ中135ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング