す。それが、真実か――聞きたい」
袋持は、昂《たかぶ》って来る心を押えて、静かにいった。綱手は俯向いていた。月丸は、腕組して、眼を閉じていた。
「何うじゃ、百城」
百城は、思いがけぬ詰問に、綱手が、何う答えたのか? 何故、こんなに早く、暴露したのか判らないので、黙っていた。
「貴公は、この娘の素性を、存じておろうな――又、己の素性も、存じておろうな。それでいて、契るなど――それでも、武士か」
月丸は、眼を開いた。そして、袋持へ、冷やかな閃《ひらめ》きを与えて
「存じている」
「存じていて、何故、契った?」
「惚れた」
綱手は、月丸の、情熱的な、何をも恐れないような強い言葉に、うれしさが、いっぱいになった。
「惚れた?――そうか――よく申した」
袋持は、怒りに、拳を顫わせていた。
「この由、御留守居役に、申し上げる」
「うむ、処置は、いかようなりとも、受ける。覚悟は致しておる」
「よしっ」
袋持は、立上って、足音荒く、出て行った。月丸は、すぐ
「惚れてもいる、綱手。然しながら、欺いてもおる。と、申す訳は――」
「お察し、申しておりまする」
綱手は、月丸のいおうとすることが、何んであるか、判っていた。それを、月丸にいわせて、月丸を苦しめたくなかった。月丸が
「惚れていたから」
と、いった言葉で、総て十分であった。仇敵の倅に、肌を許した自分の罪は、死にさえすればよかった。そして、自分が死ぬ以上、月丸を、苦しめたくはなかった。
「察しているとは?」
「父上の同志のことなど、お聞きなされましたこと――」
綱手は、紅い莟《つぼみ》のように、ふくらんでいる眼瞼から、愛と、情熱とを込めて、月丸を見た。
「判っておったのか」
「いいえ、あの時は、少しも――只今、判りましてござりまする」
「恨むであろう」
「いいえ」
「憎くはないか」
「少しも――」
「欺くつもりでもあった。欺いても、武士の道には、外れぬ。一つの便法――とも思ったが、既に、その時、心底から、そなたの素直さに惚れておった。この素直な娘を、かく欺いてまで、武士の意地を立てねばならぬかと、わしも、苦しんだ。あの山の夜――大殿のために一手柄を立て、かねて、契りもしようと、二股をかけたが――いつかは、知れること、と思うと、打明けようか、明けまいか。もし、打明けて、別れることになったなら、と、それが、案じられて、打明けもせなんだが、綱手、わしは、お身と契ったからとて――わしは、わしには、お身の父の同志にはなれぬ。不義の味方はできぬ。わしは、八郎太殿が不忠者だと信じている。いいや、もっと、驚くことを決心しておる。それは――小太郎を討つ」
「ええ」
「あの山の夜、小太郎を討ちに参った。契った上は、わしの妻、妻は、夫に従うものと、説き伏せるつもりであったが、あの老僧のために失敗《しくじ》った。お身は女ゆえ家中のことは判るまいが、斉彬公の御振舞は、よろしくないのだ。それで、それに味方する人は不忠者じゃ。小太郎ものう――わしは、何もかも申そう――欺いた。いいや、こう申した上は、欺いてはいぬが、お身とは仇敵同士として、父の子として――いいや、島津家の家臣として、飽くまで、わしは、父につく。正しい父につく。然し、お身は、恋しい。お身も、苦しかろうが、わしも、苦しい。何うしたならよいか。父とお身との板挟みじゃ。いや、武士の道と、恋との板挟みか――綱手、後悔すなと申したのは、ここのことじゃ。わしは、欲が深いと申すなよ。お身を、わしの味方として、恋も、功名も、得たいのじゃ。然し、こうなっては――」
と、いった時
「月丸、出い」
と、袋持が、呼んだ。
「女も――」
二人は、すぐに立上った。
「困ったことが起きたのう、百城、困ったことが――袋持、暫く、遠慮せい。両人、もっと、前へ参れ」
袋持は出た。二人は、敷居際から、少し前へ進んだ。
「別れぬか、何うじゃな。男も、女も、いろいろとおる。この邸だけでなく、広い世の中に、いっぱいおる。少し、居りすぎるくらいにおる。齢が若いと、すぐ、手近いところに、惚れるでのう。後前《あとさき》の見境もなく、一緒になってしまって、後で、後悔をする、もっとよい女が嫁に貰えたの、もっと、よい聟が――と。しかし、二人は、よう揃うておる。申分は無い。が、無いが、牧、お前は、牧仲太郎の子として、又、調所殿のあずかり子として、なかなか重任がある。女にべたべたしている身でもなければ、時でもない。尤も、袋持に聞くと、なかなか、苦肉の計であるらしいが、ミイラ取りが、ミイラに、いささか成った形では、少し、武士としても、意気地がなさすぎる。邸の表から申せば、お前は、国許へ戻すか、女は、親許へ下げて、まず、処置するところであるが、ただの家来ではないから、そういう処置もできぬ。処置は
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