いう不安よりも、南玉が、半分疑いながら知らして来てくれた父が殺されたということが、確実になったので、覚悟をしていながらも、深雪は、胸をくだかれた。
(この間見た夢のように――)
 と、思うと、父の外、兄にも、母にも、姉にも、何んな不慮のことが起っているか、知れぬ気がしてきた。深雪は
(お由羅を刺せ)
 と、父からいいつけられたが、何も知らずに、自分を、意地の悪い老女からかばってくれ、助けてくれ、古参よりも可愛がってくれるお由羅を、何うしても刺す気にはなれなかった。
(でも、父が、殺された上は)
 そう思って、萎えてくる心を励ましてみても、父が、兄が、何故あんなに、敵党の人々を憎むのか?――お由羅でも、斉興でも、調所でも、いい人だのに――と、深雪は、男のように、心の底から、憤りを、これらの人々に感じることが出来なかった。いくら
(憎め、殺せ、刺せ、悪人だから)
 と、いわれ、悪人だと思ってみても、毎日やさしくしてくれ、可愛がってくれる人を、殺す気にはなれなかった。然し、父が殺され、お家が危い以上、自分のそうした感じを捨てて、命じられた通りに刺し殺すより外に、小娘の深雪としては、考えようも、しようもなかった。
 女中達は、次の間で、二人のところへ持って行くべき、茶と、菓子とを備えていた。深雪は
(自分さえ死ぬつもりなら――)
 と、思った。
(死んだ方がいい)
 とも、思った。そして
「妾が持って参りましょう」
 と、菓子台へ手をかけた。

 梅野が、茶をもって先に立った。深雪は、心を、手を顫わしながら、少し、顔色を、蒼白めさせて、菓子台をもって、その後方からつづいた。梅野の前へ行く女中が、襖をつつましく開けると、お由羅と調所とが、ちらっと、こっちを見た。二人とも、引締った顔をしていた。梅野が、茶を調所へ差出し、深雪が、菓子を置くと
「深雪、話がある。梅野は、下りゃ」
 と、お由羅がいった。深雪は、俯向いて手をついて、懐の懐剣の紐の解いてあるのを、見られまいとした。
「お前、隠しているのではあるまいのう」
「はい」
「小藤次も、あのお医者も、信用のできぬ者じゃが、お前の、いとしそうな顔を信用して召上げたが、まさか、仙波の娘ではあるまいのう」
 深雪は、心臓をしめつけられるように、苦しくなってきた。情の深い、お由羅を欺くこともできなかったが、仙波の娘だという事も出来なかった。じっと、俯向いていた。調所が
「いや、軽輩には、却って見上げた人物がいる。その輩が、悉く斉彬公を、お慕い申しておるが、お方、これは、悲しんでよいか、喜んでよいか――つくづく思案致しますと、判りませぬぞ。将曹殿、平殿、豊後殿――こう指を折ってくると、碌々人によって事を為すの徒ばかり、手前も、又、お部屋様も、これ軽輩上り――。この女の如きも、又、もし、仙波の娘としたなら見上げたもの――それに、久光公が、又斉彬公に見倣って、若者好き――所詮は、暫くすれば軽輩、紙漉武士の天下に成りましょうか。今度の訴状の如き、その用意の周到さ。御家を傷つけずと、老生のみを槍玉に挙げようとする策略。家老、家老格が十人よっても、出る智慧ではござりませぬ。今、少々、生き延びて、御小遣いを差上げようと存じましたが、いろいろと、案じまするに、手前が、よし亡くなっても、この軽輩の手より、経世上手が出て参りましょう。その上に、密貿易《みつがい》は、斉彬公の仰せられる如く、そのうち、天下公然としての交易になりましょうが――安心して、明日にも手前、死んでよい時節となりました」
 調所は、一息に、ここまで喋って、茶をのんだ。お由羅は、頷いたが、調所には、返事をしないで、深雪に、鋭く
「何故、返答せぬ」
「はい」
「仙波の娘か、娘でないか――」
 深雪は、頭の中が、くらくらとしてきた。腋の下にも、額にも、汗が滲んできた。そして
「娘でござります」
 と、答えると、身体も、心も、冷たくなったような気がした。手も、膝も顫えた。
「そうかい、それで、何んのために、名を偽ってまで、御奉公に上ったえ?」
 深雪は
(三人きりで、調所は老人だし、この間に突いてかかろうか)
 とも、思ったが、そう思っている心の底には
(済みません、許して下さい)
 と、お由羅の前へ身体を投げ出して、泣きたいような気持もあった。
「深雪、何をするために、お上りだったい」
 お由羅の言葉が、鋭くなってきた。
「返事が、できませぬか」
 いつもの、やさしいお由羅でなく、深雪の身体も、心も、針のついた手で、締めつけてくるように感じる、声であった。
(お父上も、殺されなされた――妾も、こうなった上は死ぬほかはない)
 絶望的な、つきつめた心が湧いて来た。
「責めても、云わせますぞ」
 と、云った時、深雪は、懐へ手を入れた。そして、立上った。
「御
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