、禁を破ることとはいえ、幕府を危くすることとは異っておりまする。第八に、密貿易の証拠として御老中へ拙者より呈出しおる物は、悉く調所殿が咎めを負うべき性質のもので、当家へお咎めがござりましょうなら、某にても立派に申し開きの立つものにござりまする。第九に、当家と、幕府とは縁者にござりまする。第十に、もし、御当家へ咎めのかかることがあれば、証拠書類は、某の謀書として、この腹一つ切れば、よろしきようにも企んで置きましてござりまする。常々、お上より、天下大難の時、家中の争を禁じるようとの仰せを、蒙ってござりますが、家中に、両党あり、二君あっては、一致して、外敵に当り得ましょうか? 先ず、身を修め、家を修めて、困難に当るのが順序、某これだけの思慮を致しまして、調所殿を訴え出でました次第、もし、過っておりましょうなら、覚悟は、とくより致しておりまする。お耳に逆いましたる段、お詫び申上げ奉りまする」
益満は、いい終ると、平伏した。人々は、ほっとして、身体を、首を動かした。
「よく思慮した。お前として、天晴れな思案じゃ」
斉彬は、片手で、火鉢の縁を撫でながら
「然し、人の上に立つ者として、そうも行かぬ。お前は、わしのために、調笑《ずしょう》の、人を憎み、罪を憎んでいる。或いは、罪をのみ憎んで、人を憎んではおらぬかも知れぬが――わしは、お前が頼もしいと同じように、調笑も頼もしい。それはな、調笑が、当家の財政破綻を救ったから、頼もしいのではない、救わずとも、わしの性――とでも申すか、家来は、皆頼もしいものじゃ、と思うている。いろいろの噂がある。わしの子は、四人とも死んだ。お前達にいわせると、殺された、というかもしれぬ。そして、調笑も、その張本人の一人だというかもしれぬ」
斉彬は、俯向いて、黙然としている人々へ、穏かにこういいつつ、自分も、じっと、眼を膝の上へ落した。
「いうかも知れぬでなく、それが、真実かもしれぬ。そして、わしも、凡夫である以上、子を殺されては、嘆かわしいし、殺した者を憎む情も、持っておらぬことは無い。それは、益満、人間、自然の情じゃ。然し――ここをよく聞いてくれ。父、斉興がおわす。今、お前の申した如く、政道筋が、或いは二途に出ているように、世間は感じておるかもしれぬ。確かに、幕府などは、父を差置いて、万事、わしと談合をしに来る。そして、わしは、それにいろいろと申し述べることもある。これは、子として、確かに、父に反く者じゃ。或いは、調笑等の企てよりも、罪としては、深いものかもしれぬ。だが――」
斉彬は、暫く、言葉を切った。
「だが――天下の形勢――つまり、幕府の事情、異国の事情、人心の帰趨、動揺を見る時、わしは、父も、子も、家来も、無論、わしをも、生犠《いけにえ》として、この日本を救わねばならぬような気がする。そして、ただ、それだけが、わしの天から与えられた職責で――少し、いうのは、おかしいが、今、日本において、そういうことを考えているものは、わしら二三人の外にない――と、いう自信も、持っている。益満は、只今、家の中さえ修められずに、外敵に当りうるかと申した。如何にも、家は修まっていぬ。然し、わしは、家を修めて、わしの手で外敵に当ろうとは思わぬし、それは、出来ないことじゃ。それを行うには、わしの考えていることを、日本中が、一致して行ってくれることで、わしは、わしの意見が、天下の輿論《よろん》となれば、それでいいと思うている。実行とは別じゃ。つまり、わしが時代の生犠となって、それが、人民の、当路の、目を醒ましてくれればよい。日夜、わしは、それを念じて、わしの思うたことを、微かながら、実現しようとしている。子は可愛いぞ、益満、然し、天下のために、子を斬る時も、人間にはあるぞ。まして、お前達、軽輩の身軽さとはちがう。いろいろの、拙《つま》らぬ、小さい、煩わしいことが、わしを縛っている。それと闘いつつ、己の、感情と闘いつつ、わしは、日夜ただ、そのことのみに突進しておる。そして、それを知っていてくれる者は、僅かに二三人じゃ。時々は、淋しゅうもなる。わしとて、子と共に遊び、父のよい機嫌を見、奥と楽しく語らう味を、知らぬものではない。然し、日本の前途を思うと、そうはしておれぬ。こうしている一刻たりとも、時間が惜しい。身が軽かったなら、わしは、異国へでも行っておろう。益満、判るか、わしの心が――」
斉彬は、微笑していたが、座の一人は、涙を流して、膝の上へ落ちたのを、拭こうとはしなかった。益満は、俯向いたまま、黙っていた。
「お察し申しております」
益満の声も、少し顫えていた。
「よって――よって、奸物共が、憎うて」
「お前としては――然し、わしには、憎む暇がない。又、わしに万一のことがあれば、久光が立つであろう。久光は、わしの心をよ
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