呼び集め下されますよう。夜長ゆえ、あらましは、二三日にても取片付けられましょう」
「心得た。わしも、手助け致そうが、その毒薬を、そちは飲むのか」
「蘭法にて、何んとか加里と申すようにござりますが、口へ入れると、すぐ、ころり――」
「試みたか」
「犬に試みました。まことに、鮮かに、往生仕ります。老体のことゆえ、長い苦しみは致しとうござりませぬ。なめると、すぐに、ころり。一名、なめころ、と申します。あはははは。いや、こうして居る内にも、時刻は経ちまするから、それとなく、暇乞をするところだけは、今日の内に廻って、明日早々より後始末ということに致しとう存じまする」
「由羅には、申さぬがよいぞ。死ぬなどと」
「はい、御部屋様には、例の方の始末の話もあり、ただ今より御伺い申しましょう」
 調所は、こういって立ちかけた。
「笑左、伊勢へ、密告した奴は、斉彬に加担の奴ではないか」
「で、ござりましょうが、手前にとっては、よい死際、憎い奴でもござりませぬ」
「存じているなら、名を申せ」
「さ――いや、ただ心当りと申すだけ――申しますまい」
 調所は、立上った。
「笑左、本当か、真実露見致したのか」
「これは、異なことを」
「※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]のように思えてならぬ。お前が、毒を飲んで死ぬなどと、そうして、笑っているお前が――」
 斉興は、独り言のように呟いた。
「拝顔仕りましてより六十年、夢と思えば夢、長いと思えば、飽き飽きする程、長うござりました」
 調所は、立ったままで、平然として、人事《ひとごと》のように、朗らかであった。

 斉彬は、七八人の若侍を前にして、自分の写真を、見せていた。若侍達は、次々に、斎彬の写真を回覧しながら
「筆では、こうは描けん」
 とか
「よく、似ておりますな」
 とか――斉彬と、写真とを、見較べてみたり、陽のさして来る方へ、透かしてみたりしていた。
「異国には、もっと、不思議なものがある。十里も、二十里も離れていても、便りができる。一刻の間に――」
 人々は、斉彬の笑顔を凝視めたまま黙っていた。
「電信機、というもので、今、わしは、それを造らしておる。わしは、異国の事物を、悉くも感心はせんが、よいものを、益々、よくして行くという点には、及ばんと、思うておる。日本人には、それがない。支那人にもない。例えば、釈迦の後に、釈迦は出ない。孔子祖述者は、皆孔子以下じゃ。然るに、洋学は、その創始者より、次の代の者、その者よりも、近頃の者と、だんだん、その学文が研究され、究理されて、日進月歩しておる。旧習を墨守せず、よいものは、躊躇することなく取入れておる。だから、日本が、三百年間鎖国していた間に、異国は、遥かに、進歩を遂げてしもうた。それは、お前達にも、よく判っているであろう」
 若侍は、一斉に頷いた。
「じゃによって、これからの若者は、一生懸命に勉強して、それを取返さねばならん」
「そうでござります」
 一人が、感激した声で云った。
「それを取戻すためには、異国へ行かなくてはならん。行くには、言葉を学ぶ要もある。わしが、行けるものなら、明日にも行きたいが――」
 斉彬は、こういって、そのまま黙っていた。
「お供が出来ましたらと、心得ます」
「その中に行ってもらうこともあろう――お前達は、よく判ってくれるが、わからん人達が多い。つまらんことに、青筋を立ててのう」
 と、いった時
「名越左源太、御目通りに」
 と、襖の外で、取次がいった。
「許す」
 若侍は、膝を寄せて、名越の坐るところをこしらえた。襖際で一礼した名越は、人々を、微笑で見廻して
「又、ねだっているの」
 斉彬が笑いながら
「例の講釈じゃ」
「少し、お耳に入れたい儀がござりまして、参候仕りました」
「よい話か、珍しい話か」
「よい話と心得まするが――ほんの暫時、御人払いを――」
「ふむ――」
 斉彬が、何んともいわぬ先に、若い人々は、写真を置いて
「遠慮仕ります」
 と、立上りかけた。
「待て」
 斉彬は止めて、名越に
「一言でいえることか」
「申せます」
「では、その隅へ参れ。一同、そのままでおれ」
 斉彬は、こういって、立上った。名越も立上った。人々は、じっと俯向いていた。二人が、部屋の隅へ行くと、名越が
「密貿易の件にて、調所を、御老中へ訴えましたが――」
 斉彬の柔和な眼の中に、鋭い光が閃いた。

「と、申すと、その方が――」
「いいえ、益満が――」
 斉彬は、静かに元のところへ引返してきた。名越は
(益満のいった通り、お喜びにならぬわい。敵党の巨魁《きょかい》にしても、調所は、偉物は偉物なのだから――)
 と、思って、後方からついて来て、斉彬の横へ座った。斉彬は、暫く黙っていたが
「益満の在所《ありか》は?」
 と、名越へ
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