いた土の上へ降りて、草の中を、庵室の方へ歩み出した。
(わしの、この――こうした本心を知ったなら? 怒るか、嘆くか?――怒りもするし、嘆きもしようが――妻は、嫁しては、夫に従うべき筈だ――)
 月丸は、綱手を、妻とし、自分をその夫だと考えてみて、苦笑した。
(あれで――妻であり、夫であるのか)
 と、思ったが、綱手の誓ったそうした言葉も、自分のいった同じ言葉も、そういった時は、お互に本気だったと思うと、人間は、愛欲の世界にいる時は思慮の無い情熱で、憑かれたようになるものだと思った。
(妻でも、夫でも、何んでもよいが、本心を語るのは、少し早い――いいや、早いというよりも、あの女は、わしを、自分らの味方と信じて、肌を許したのだ。わしが、こうして、わしの父を覘《ねら》っている小太郎を討ちに行く、と知ったなら、勿論許しはしなかったであろう)
 月丸は、夜露に濡れながら、高山の冷たい夜気の中を、冷たいとも感じずに、歩いて行った。
(それでは、一生、この本心を打明けずにいるか? そんなことはできることでない。いつかは判ることだ。いつか判る、その時まで、自然に任せて待つか? それとも、いい機に打明けるか? それとも、小太郎を斬りすてて、父の身体を安らかにし、敵党の模様をさぐった上で、別れるか?――いいや、別れたくはない――では、何うしたならよいか)
 足で、手で、さぐりつつ、木立の間を、庵室へ近づいた。そして、星あかりに、庵室が黒く見えると共に、静かに、裾を端折って、帯に挟み
(女のことなど、何うでもよい。父を覘う奴を――)
 と、思った。そして、戸締りもしていない廊下へ、手をつき、膝をあげて、じっと、耳を澄ますと同時に、心も、身体も、小太郎と、義観とに対する注意と、用意とで、いっぱいになってしまった。
 部屋の中の物音は少しもしなかった。月丸は、脇差を静かに抜いて、右手に持ちながら、入口から、小太郎の寝ている奥の方へ、這うように、廊下を伝った。
(あの老僧は、小太郎の部屋にいるか、次の間にいるか?)
 夜ざとい老人が、起きては邪魔であった。月丸は、次の間のところまで来ると、義観の寝息を窺うため、暫く、じっと、耳を立てていた。だが、少しの音もしなかった。小太郎の室からも、物音は聞えなかった。
(二人とも眠っている)
 月丸は、それでも、足に、手に、心を配りつつ、自分の耳にでさえ、少しの音も聞えないくらいにして、次の間と、奥の間の境まで来た。そこに立っている柱が、その境であった。月丸は、右手に脇差を立て、左手を障子へかけた。その途端、次の間から――月丸の半立ちになった耳のところで、障子一重の近さで
「何んの御用かの」
 その声は低かったが、柔《やさ》しかったが、月丸は、頭から、一掴みに、身体ぐるみ、冷たい手で掴まれたように感じた。

 義観の声は、月丸の、すぐ耳許でした。余りに近すぎた。その声は、月丸の心の中も、刀も、何も、見ているらしく感じられる声だった。
(この真暗な中で――見えるものか)
 と、月丸は、周章てながら、もがきながら、頭の中で叫んでみたが、余りに近く、余りにやさしい、その不気味な声は、見えている、としか思えないくらいのものだった。
 月丸は、答えもできないし、動きもできないし、刀を握りしめたまま、全身を固くして、居すくんでしまった。障子が開いても、義観が出て来ても、手も、足も、舌も、動かないと感じるくらいに、薄気味悪い、凄い声だった。
 昼間見た、山を降りて来る足取り、あの石を運んだという怪力、その鋭い眼――それは、人間でなく、何かの化身のように、もう一度、月丸へ蘇って来た。
 刀を取っての対手なら、誰にも負けぬ自信はあったが、闇の中に物が見え、刀を抜いて近々と近づいている者へ、やさしく
「何の用かな」
 と、空々しくいいかける老人は、何う対手にしていいかわからなかった。
(しまった)
 と、感じた。そして、義観が現れたなら、身体ぐるみ、ぶっつかってやろうと、しびれるような気持の中で決心をして、次の言葉と、義観の出現とを、待っていたが、それっきり、次の言葉が無かった。
 月丸は、自分の耳を疑ってみた。だが、明らかに聞えたのは聞えたのに違いなかったのだから、たったその一言だけで、後はいくら待っていても、次の言葉が聞えないとなると、一層、不気味になってきた。だが、月丸は、何もいえなかったし、身体を動かしたなら、何かしら、大変なことが、自分に起るようにも思えた。今の、やさしい言葉が、次には鋭い言葉になって、自分の刀は折れて、小太郎が出て来る――そういうようにも感じられた。
 月丸は、呼吸をこらし、身体を固くして、じっとしていたが、少しずつ、そんなものが、ほぐれかけると
(義観ぐらい――この刀の下に――)
 と、いうような勇気が肚の
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