と、心の中で、微笑したが
(判る時までに――もし、外に、好きな女子が出来たなら)
 と、思うと、心臓が早くなった。
(打明けたら?――あれだけの決心をしていなさるからには――然し、母も、父も、余人には知られるな、知らすな、と固く仰せられたのだから――でも、対手によって――百城様なら、お母様も称《ほ》めていなさるし――)
 綱手は、半分の口惜しさ、悲しさと、半分の嬉しさとを抱いて、百城の戻って来る足音を聞いていた。百城は、障子を開けて
「早く、お臥みなされ」
 と、冷やかに云った。
「はい、貴下様から――」
「何刻であろうか、山中暦日無く、鐘声なし」
 半分、節をつけて呟きつつ、手早く、着物を脱いで
「御免」
 兎のように、蒲団の穴へ入ってしまった。綱手は、その子供らしい快活さに、微笑みつつ、脱ぎ棄てた月丸の着物を畳んだ。男の体臭が、微かに匂った。益満のことを、又思い出して、二人を比較しながら
(益満様を、世にも頼もしい方と思っていたが、ここには、それにも増して、頼もしい方がいなさる)
 そう思って、月丸の、後寝姿を見た時
「これは、恐縮」
 月丸が、寝返って、畳んでいる自分の着物の方へ一寸手を延した。
「いいえ」
 綱手は、眼がぶっつかったので、周章てて、俯向いて、畳んだ着物を素早く、蒲団の裾へ置いた。そして、月丸に背を向けて、自分も、帯を解きながら
「灯は?」
「消す」
 綱手は、長襦袢姿を、見られたくはなかったので、帯を、半解きにしたまま、二つの床の真中を、静かに通って、行燈の灯を、手で消そうとした。だが、なかなか、消えなかった。
「某が――」
 月丸が、半身を出して、手を延した。二つの手が、火影のところで、ぶっつかろうとした。綱手は、周章てて、手を引込めた。月丸は、肩を、胸を、少し現しながら
「なかなか、消えぬ」
 と、呟いて、烈しく、手を振った。火が消えた。
「有難うござりました」
 軽く、油煙の臭気のする中で、そういって、綱手が、帯の解けたのを、引上げると、月丸が押えているらしく、動かなかった。だが、すぐ
「これは、御無礼」
 と、手を放したらしく、帯が自由になった。腰紐を解き、着物を脱いで、床の上に坐った時
「綱手殿――何うも、本心が」
「本心が?」
「判りかねる」
「その内に、お判りになりましょう」
「その内に?――その内に?」
 月丸は、綱手の床の方へ向いているらしかった。

 暫く、二人は、黙っていた。冷やかな闇と、深い山の沈黙とが、凄いまでに感じられた。綱手は、固い蒲団を、肩まで被て、襦袢の裾で両足をくるんだ。
「綱手殿」
 月丸の声が、月丸の臥床の端――綱手の蒲団の近くでした。綱手は、両脚を固くして、胸を躍らせながら
「はい」
「本心が、判るとは――何ういう本心、又、それがいつ判るか――」
「さあ」
 綱手は、月丸が、愛欲のことでなく、さっきの言葉のつづきを話すのだと思って、安心した。だが、答えられないので、そのまま黙っていた。
「母上は、生きておられる。父上は、然し、斬死なされた。何故、それに、お身は、母上にのみ、孝行をなさる」
 綱手は、答えなかった。
「綱手殿」
 綱手は、まだ答えなかった。こうして、親切に、熱心に、味方してくれる月丸に、打明けたくて、鉄瓶にたぎる湯の如く、口まで出かかっていたが、それがいえなかったし、だからといって、外のことでいいまぎらすことも、できなかった。
「何故、返事なされぬ」
 月丸の声が、近々として、蒲団の端が、動いた。綱手は、月丸の無礼を咎めるよりも、月丸に、何んとかうまく答えたいと、考えていたし、月丸の同情に対し、自分の答えのできないのに困っていた。
「無理かも知れぬ」
 こういった月丸の声は、坐っているらしく、上の方でした。
「いつか、判る、と――その意味は?――綱手殿。某の申した、女ながら、天晴れの決心が、わかると、申す意味か――そうとしか、某にはとれぬが――綱手殿、そうとってよいか、よくないか――」
 低いが、熱情的な言葉であった。綱手は、済まぬと思うと、薄く、涙が出てきた。それは、他人の熱情的な同情に対して、何んとも答えられぬ苦しさからであると共に、自分の愛する男へ、本心を打明けることのできぬ悲しさからの涙であった。
「綱手殿」
 異常に、昂奮した声が、低く響くと共に、月丸の手が、綱手の肩を、ぐっと掴んだ。
「そう取って――取ってよろしゅうござるか」
 綱手は、月丸の手を払おうとして、町分の手を動かしたが、それが、月丸の手に触れるのが恐ろしかった。だが、自分の肩から月丸の手を放すのも、厭なような気がした。然し、そのままに掴ませておいて
(だらしのない女)
 と、思われたくなかったので、静かに、身体を引きつつ、寝返ろうとした。その瞬間に、月丸の手が、綱手の腕を握
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