七瀬は、ここまでいうと、声がつまってしまった。四人は、暫く黙っていた。
「八郎太は、斬死致しましてござりますか。本望でござんしょう」
 七瀬は、こう云うと、微笑した。
「頑固一徹の性《たち》で――何う諫めましても、聞き入れませず――」
 百城が
「小太郎殿は、京の近くに、知辺《しるべ》でもござろうか」
 と、母子の顔を見較べた。

「いいえ、知辺など――」
「うむ――知辺もないと――」
 百城は、腕組をして俯向いた。袋持が
「深手で、山の中へでも、倒れておられるのではあるまいか」
「さあ――坊主共が捜したらしいが、かいくれ、行方が判らぬ。深い山だからのう――御二人の前ながら、八郎太殿の性は存ぜんが、武士としては、かくありたいもの、のう袋持」
「善悪はさておき」
「いや、善悪から申しても、わしは、八郎太殿へ味方する。詳しゅうは存ぜぬが、一家の内の争として、申し分は双方にあろう。それは、互角じゃ。申し分を互角とすれば、御幼君を失うなど、悪逆無類の業ではないか? それに対して、斉彬方の人々が、お由羅様でも殺したとあれば、それは双方が悪いが、陰謀は一方のみじゃ。さすれば、八郎太殿ならずとも、わしでも立ちたくなろう。のう、七瀬殿」
「有難う存じまする」
 七瀬は、百城の同情に、暫く頭を下げていた。それは流れ出して来る涙を押えているのを見せないためでもあった。
「叡山と申す山は、高うござりましょうか」
 綱手が、少し蒼白《あおざ》めた顔で聞いた。
「高い山でもないが――」
「お母様――お兄様を捜しに参りましては?」
「なりませぬ」
 綱手は俯向いた。
「小太郎殿を、捜しに?――その儀ならば、某が手助けしてもよろしい。御家老へお願い致さば、五日、七日の暇は下さるであろう」
 百城は、こういって、七瀬に
「何故、捜してはなりませぬか」
「浪人者の上に、無分別な父へつきました不孝者――」
「いいや、それとは、事がちがう。正義とか不正義とか、そうしたことを離れて、ただの子として、親として、妹として、兄としての情義、真逆――例えば、八郎太の死骸を葬るとしても、一遍の念仏も唱えずに、無分別な夫と、足蹴にしては、人の道に外れましょう。それと同じように、小太郎殿の生死が不明なら、これを求めて、もし、逢えたなら、諫めて、正道に――正道ではなくとも、七瀬殿としては、小太郎殿の意見を翻《ひるがえ》させるのが、これ、人の道、母の情ではござらぬか」
 百城は、いつにも似ず、雄弁であった。
「はい」
「袋持、そうではあるまいか」
「うむ」
「御家老に、申し上げて見よう。お許しが出ずば、是非もない。もし、出たなら、七瀬殿、綱手殿と共々、捜しに参ろうではござりませんか」
「有難う存じまする」
「生であれ、死であれ、わが子の運命を見届けるのが、人倫に外れることは、よもござりますまい」
「はい」
 百城は、立上った。
「お許しの程、ただ今聞いて参ろう」
 二人の女が、頭を下げるのを後に、百城は足早に出て行ってしまった。
「お前一人で行けますか」
「お母様――」
 綱手は、決心の眼で、母を見た。
「妾は、お国許へ早く戻らねばなりませんから、お前一人で、お供をして――」
 と、七瀬がいった時、袋持が
「百城は――」
 と、いったまま、じっと、前の壁を見て、暫く考えていたが、綱手へ顔を向けて
「十分覚悟して、行きなさるがよい」
 二人は、袋持の言葉に、一寸、不安を感じたが、それよりも、百城を信じていた。

 茶店にいた人々は、似合いの夫婦らしい、百城と綱手とを、羨ましそうに、感心したように、じろじろ眺めた。
 二人は、冬の山風に吹かれながら、薄く額に汗を出して、頬を赤くしながら、人々の、周章てて引込める脚の前を、奥の腰掛へ通った。婆が、茶をもって来ると、百城が
「この間の斬合のう」
「はいはい」
「あの時、一人、逃げた者があったであろう。存じておるか」
「聞いとります。今も、それで、話をしてましたが、貴下《あんた》、親子の縁と申すのは、怖いようどすえ」
「怖いとは?」
「あの大勢の方の方《かた》の死骸は、すぐ、下から、お侍衆が来て引取られましたが、貴下、お年寄のだけが、明くる日の夕方まで、誰も引取手が無かったのを、貴下はん、お山に、義観さん云うて、えらい、お坊さんが、おしてなあ。何んと、不思議や、おへんか、この義観さんが、もう、かれこれ、七十にもならしたかのう、爺さん」
 婆は、土間にしゃがんで、煙草を喫ってる爺を振向いた。
「うん、わしと、六つちがいや」
「そんなら、六十八か。大分、お前よりも、達者やなあ」
「いびりよる婆がいんからのう」
「とぼけんとき。いびるのは、お前やあらへんか」
 百城が
「その義観が?」
「その義観さんが、貴下はん、その前の日に、今、お話の、一人
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