少い人ゆえ、聞いたこともないし、話したこともないが、袋持様の御朋輩なら、味方であろうかの」
 七瀬は、こういって
(百城様のような、無口な人は却って頼もしい。益満様とは、丸で打ってちごうた性質なり、振舞なり――)
 と、思った。そして、そう思うと、早く、綱手に、よい聟をとって、孫を見たい、と思っていたことが、まるで、ちがった方角のことへ来たのに、淋しさと、頼りなさとを感じた。それから、傍に寝ている綱手を見ると、不憫さが、胸を圧した。
(自分は、この子の齢より、一つ若い時に、八郎太へ嫁いだのだ)
 と、思い出すと、じっと、抱きしめて、愛撫してやりたかった。綱手は、江戸の邸にいて、月に一度、外へ出るか出ずに、男は、八郎太と、小太郎と、それから、益満とだけにしか、口を利く機が無かった。だから、手近い益満に、軽い、乙女心の恋を感じていたが、旅をし、男の数を知り――百城に逢うと、その顔立、物腰、寡黙の中のやさしさ――それは、益満の粗暴とはちがって、男の値打に経験の無い綱手には、ずっと、益満より、立ち優って見えた。
「世が世なら――もう、聟取りの頃じゃに、お父様の頑固と、今度のことで――来年は、二十歳になりますの。二十歳を越えると、世間では、不具者じゃとか、疵物じゃとかと申すのが慣わし故、なかなか嫁入口が、あるまいが――」
「御家老様が、何んとか――町人のところへと、いつか仰しゃりましたが」
「そうそう、あの話は、そのままになっているが――のう、綱手――百城様のような方が、味方なら、そちゃ、何んとしやるぞ」
 綱手は、少し赤らみながら
「百城様?――さあ」
「嫌いではないであろうの」
「ええ」
「益満様とは?」
「そりゃ」
「百城様」
「やさしゅうて、真実のありそうな――然し、明日立って、何時お帰りになるか、安否を知りたいし――綱手、大事の前ゆえ、よう心してたもれの」
「はい、もう、更けましたゆえ、お眠《やす》みなされませぬか」
「眼が冴えて、何んとなく胸苦しゅうて」
「妾も――」
「御無事であればよいが――」
「さっきから祈っていました」
「もしものことがあっても、取乱したり、悟られたりすまいぞ」
 二人は、夜具の中で囁き合った。そして、二人とも叡山で斬込んだ武士は、夫と、兄とだと思っていた。だが、それを口へ出すことは恐ろしかった。そして、そう信じながら一方では、その二人でないようにと、祈っていた。

「百城が京から戻りよった。追っつけ参るであろう」
 と、袋持が、いってから、一刻の余になった。二人は、百城が、何をいうか、聞きたいようでもあったし、聞くのが、恐ろしいようでもあった。
「遅い奴だの、何をしとるのか」
 袋持が、膝を抱いて、床柱へ凭れた時、草履の音がした。袋持は、すぐ、膝から手を、床柱から背を放して
「百城か」
 と、怒鳴った。
「おお、ようよう済んだ、一つ一つ、算盤玉に当られるので、手間取ってな」
 庭から上って来た。袋持が、身体を延して、障子を開けた。
 百城は、旅姿を改めたらしく、新しい着物に、袴をつけて
「待たれたか」
 と、二人に、声をかけた。二人は、百城の眼から、脣から、身体中から、夫の、父の、子の、兄の安否を、探そうとした。
「わかりましてござりますか」
「うむ」
 二人は、その短い声から、返事から、判断しようとした。そして、不安な胸を打たせていると
「現場へも、参った」
 百城は、女二人の問いに答えないで、袋持に話しかけた。
「比叡山の、何の辺?」
「頂上――物の見事に、斬ってあったそうじゃ。袈裟《けさ》がけに、一尺七寸、深さ四寸というのが、返す太刀で斬ったらしく、下から上へ斬上げてあったのは、人間業でないと、申すことじゃ」
「下から上へ、左様なことができるかのう」
「陶山《すやま》が、見た話ゆえ、確かであろう」
 七瀬と、綱手とは、待ちきれなかった。
「して、その狼藉者は?」
 百城は、黙って、じっと、袋持の胸の辺を見ていたが、急に、二人の方を振向いて
「狼藉者は――いいや、そういう名で呼んでは勿体ない。斉彬派の忠臣として、多勢を目掛けて、命を捨てに参ったのは――」
 それだけいって、二人から、眼を離し、袋持の方へ
「仙波八郎太父子」
 七瀬と、綱手との顔色が、少し変った。だが、七瀬は、すぐ、落ちついた声で
「二人きりでございましたか」
「御覚悟は、ござろうが、何う挨拶申し上げてよいか――」
 百瀬は、俯向いた。袋持は、腕組して、天井を眺めて、吐息した。
「八郎太殿は、斬死、小太郎殿は、生死不明――」
「生死不明とは?」
「斬り抜けるには、斬り抜けられたらしいが、それから、何うなされたか? 牧氏の人数が、二十余人、その中へ、二人での斬込では――」
「二十余人?」
 綱手の声は、顫えていた。
「八郎太は、斬死
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