公御自身の命を縮め、子孫を絶さんと計るこれら奸悪のものに対して、こう御存念なさっておる以上、斉彬公のお力を借りることに望みは無い。その望みが無い以上、君側の奸は、われらの手で討つ外にない。而《しか》して、われらの手で討取る以上、われらも腹を掻っ切る代りに、彼奴等も残らず殺さねばならぬ。それには夜陰に乗じて邸ぐるみ、大砲にて砕き倒すがよい――」
と、いった時、鈴の音が、人々の耳に、明瞭に聞え、つづいて
「火相は、これ、煽がずして自然に燃え、無烟にして、熾盛、諸障蔽うことなし」
と、叫んだ玄白斎の声が響いた。人々は、沈黙して、次を待った。
「右旋して、日輪の魏々として照映する如く、色相金色にして、紅霓《こうげい》、雷閃の如し。南無、延命、息災の呪法を成就せしめ給え――香気如何」
それは、壮烈な玄白斎の声であった。
「祈祷も成就しそうだのう」
壱岐が、こういった時、赤山靱負が
「大砲打ち込もよいが、来春の、吉野牧場の馬追を好機として、久光公を鉄砲にて射取ったなら?――禍根は、この君が在す故だからのう」
誰も、黙って、答えなかった。
赤山靱負|久普《ひさひろ》は、一所持と称される家格の人であった。一所持、一所持格といえば、御一門四家につづく家柄であった。
御一門とは、重富、加持木、垂水、今和泉の領主で、悉く、宗家の二男の人々の家であった。それに次ぐのが、この一所持で、三男以下の人々の家柄を指すのであった。靱負は、即ち、城代家老、島津和泉久風の二男で、日置郡日置郷六千五百六十四石の領主である。そして、この靱負の日置家が、筆頭で、花岡、宮の城、都の城よりは、上席の身分――この一座の中では、抜群の家柄の人であった。その靱負が
「久光を、討取ろう」
と、云い出したのであるから、暫くは、誰も答えなかった。明らかに、禍根は、久光がいるからではあったが、この陰謀は、久光の手から起っているものではなかったし、久光は、人々の主君であった。何うあろうとも、主君へ鉄砲を向けることは、出来難いことであった。然し、靱負から見た久光は、人々の見た久光よりもっと軽かった。靱負自身としては、大してちがいのない地位の人であった。だから、英明なる斉彬のために、久光を討つことぐらいは、靱負としては、大したことでないと考えられた。
人々の沈黙しているうちに、行事はだんだん進んで行ったらしく、読経の声が、次第に高くなり、鈴の音が烈しく響き、人々のいる部屋の中まで、薄い煙が、のろのろと、忍び込んで来た。
「鉄砲役には――わしは、高木市助がよいと思うが――」
と、いった時、山田が
「然し――主君に当る方を、鉄砲にて――は、ちと、恐れがあると、心得ますが――」
近藤も
「某も、左様に存じますが――」
靱負は、二人を見て頷いた。そして
「わしもそれを考えんではないが――」
と、いって、一座を見廻して、微笑しながら
「何うじゃ、久光を討つのは、少し、過激すぎるかの?」
と、聞いた。人々は、黙って頷いたり
「左様に存じます」
と、答えたりした。
「では、将曹、平、仲の徒を鏖殺《おうさつ》するか」
「吉井、村野等の帰国を待ちまして、すぐ様、その手段《てだて》に取りかかりましょう」
人々が、頷いて、賛意を表した時、玄白斎は、大声に
「是の如く、観ずる時、当《まさ》に、縛字を一切の身分に遍して、その毛孔中より甘露を放流し、十方に周遍し、以て一切衆生の身に灑《そそ》がん。乞い願くば、この老体を生犠とし、その因を以て、能く、当に、種子をして漸次に滋長せしむべし。※[#「田+比」、第3水準1−86−44]廬遮那如来、北方不空成就如来、西方無量寿仏、十万世界一切の諸仏、各々本尊を貌《うつ》して、光焔を発し、一切罪を焚焼して、幼君の息災を垂れ給え」
それは、人間の声でなく、人間のもっている精神力の音であった。敵にとっては物凄き極の声と聞えるし、味方が聞くと、共に、祈りたくなる声であった。人々は、俯向いて、玄白斎と同じように、合掌する気持になった。そして、膝の上で手を合したり、心の中で合したりして、黙祷した。
火炉の中から、だんだん燃え立って行く、赤黒い焔を、じっと、眺めていた牧仲太郎は、手を膝へ置いたままであった。
正面に、懸けてある、お由羅が、大円寺から借りてきた、金剛忿怒尊の画像へ、煙がかかるようになっても、じっとしていた。
仲太郎の、背後に、一段低く――だが、緞子の大きい座蒲団の、華やかなのを敷いて、珠数と、金剛杵とをもって坐っているお由羅は、眼を閉じて、低く、何か口の中で誦していた。
仲太郎は、静かに手を延して、蛇皮を取って、火の中へ投じた。ばちばちと音立てて、赤褐色の火焔が昇ったが、低く這ってすぐ無くなってしまった。仲太郎は、沈香を取って、焔の上か
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