名越は、斉彬の眼に従って、連名を見ながら
「合せて、五十余人――この外、御目見得以下の軽輩に、頼もしきもの幾十人もおりまする」
「志はよう判る――村野、成瀬――もっと、前へ出るがよい。然し、今の時世が、家中に党を立てて、私事、私怨を争う――」
「恐れながら、私事では――」
「斉彬も、寛之助も、当家にとっては私事にすぎぬ。島津は愚か、徳川も、或いは日本の国も、危急存亡の秋《とき》に立っているのが、只今の時世だ。久光に命じて、吉野ヶ原に於て、青銅製|口装《くちごめ》五十斤の滑腔砲を発射させたのは、未だ二三年前で、当時、天下はこの新武器に驚愕したものじゃ。ところが、舶来船の砲を見ると、鋼鉄製百二十斤、元装の連発砲さえ出来ておる。よいか、こと軍事のみでさえ、この隔りがある。暦数、医薬、財政、哲理、一として学ばざるを得ない外国が、ひしひしと、日本を取巻いて、戦ってか、外交でか、交易をしようとしている。香港の阿片戦争の結末を聞いて居ろう。戦えば、あれじゃ。戦わねば――二三要路者と、わしとの外、悉く攘夷――父も、攘夷、家老等も攘夷。日本のために、島津家のために、わしは、この声だけと戦っておる。その外に争うものは、何もない筈じゃ。もし、お前達も攘夷党なら、早速退るがよい。わしは今、日本を、双肩に負うたつもりである。私情を顧みる暇がない」
 斉彬の、和かな眼に引きかえ、舌端には灼けつくような熱があった。

「久光にも、お前達、何か不満があるらしいが、それもいかん。あれには、立派に、一国の主たるべき器量がある。わしの亡くなった後、誰が継ぐかと申せば、久光の外にない――」
「いえ、若君が――」
「それはよいとして、その若の後見は誰がする?」
「はっ」
「まさか、ただ今申した家老の愚かしいのにも任せておけまい。したなら、久光の外にあるまい。今、私の考えていることを実行さして、天下を安きにおくのには、名越、わしと、久光と二代がかりの仕事じゃ。そして、わしと、久光とより外、余人にできぬことじゃ。そして、わしと、久光とだけが、それを知っている」
 斉彬は、ここまでいって、急に、言葉の調子を変えた。
「ところがの――打明け話をすると、わしは、未だ部屋住同様の上に、父上の受けも、調所の受けも、家老共の受けも、よろしゅうない。受けの悪いくらいは、まあよいとしても、金が出ん。これは困る。ところが、久光が、一々わしの意を継いでくれて、わしがこうしたいというと、よろしいと引受けては、金を引出してくれる。わしは、このくらいいい兄弟は無いと思うている。磯ヶ浜の鋳製所も、久光が調所にねだってくれたので、出来たのだしのう――」
 斉彬は、笑いながら
「船を作ろうとして、シリンドルと、シャフトを鋳造したいと申したら、久光が、由羅の臍繰《へそくり》から、捲上げて来てくれた。大名の子供は、何処でも仲のよくないものじゃが、わしら二人は、軽輩の家でも見られぬ睦まじさじゃと、いつも、二人で話しとるが――名越、よう考えてみい、わしと、久光が仲がよいから、まだわしの命も、仕事も、大丈夫なのだぞ。お前達、妙なことをして、二人の間を疎外したなら、それこそ、何うなろうかもしれぬ。この連判の者は、硬直、精忠の人ばかりだが、一徹者揃いだから、十分、気をつけてのう――村野、戻って、一同に、わしの、今まで申したことを、よく伝えてくれ」
「はっ」
「皆の用事は、それまでであろう」
「一つ、お願いがござります」
「うむ」
「加治木玄白斎殿より、殿の御肌着を頂戴して参れと――」
「祈祷でも致すか」
「さあ――」
「それもよろしかろう。次にて待て、持たせてやろう」
 斉彬は、机の方へ向き直った。
「御暇頂戴仕ります」
 三人は、頭を下げて、膝で歩きながら、襖際まで退った。そして、一礼して、次の間へ出て、待っていた。斉彬は、何か書きながら、鈴の紐を引いた。出て来た近習に
「奥へ参って、わしの肌襦袢をもらって参れ」
 と、命じた。そして、小姓が持って来ると、自分で着更えて、今まで肌についていたのを携えながら、襖を開けて
「村野――少々汗臭いぞ」
 と、三人の前へ抛げ出した。村野は、押頂いた。斉彬は、戻って、すぐ机の前で、何か書き始めた。三人は、同志の前で、斉彬のえらさを、何う説明したらいいかを考えながら、薄暗い廊下を退って来た。
「わしらとは、眼のつけどころが、ちがうのう」
「ただ、頭が下るだけでござりまするな。天下の主たるべき方は、この君を置いて外にあるまい」
「そう。志ある者は、悉くそう考えている。京師でちらちら聞いた。この君を擁立して、幕府を倒そうという考えも――成る程――世間からも、そう見えるかのう」
 三人は、家中の陰謀の企てなど、すっかり忘れて、明るい気持で、退って来た。

 斉興は、土へ紙を貼って蒔
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