絵した、小さい手焙に手をかざし、脚は、友禅羽二重の蒲団を被せた炬燵《こたつ》へ入れて、寝そべっていた。
お由羅は、紫綸子の被布を着たまま、その向い側へ膝を入れて、斉興の腓を揉んでいた。斉興の前には、用人と、将曹とが、帳面と、算盤とを置いて坐っていた。
「その五十両は、こいつが、芝居へ行った勘定じゃ」
斉興は、首を延して
「のう」
と、由羅を見た。
「芝翫《しかん》の時に、妾が頂いて参りました」
用人が、二人の顔を、交る交る見てから、小さい声で
「その通り、書きましても、よろしゅうございましょうか」
「いかん、いかん。そんなことを書いたら、調所め、何う申すか、判らん」
将曹が、首を振った。そして
「五十両は、ちと、多すぎまするな」
と、由羅へ、微笑した。斉興が
「こいつは、芝翫に惚れとおる。娘時分からの肩入れで、わしの眼元が、芝翫に似とおるからと申して、それで、やっと、屋敷奉公を承知したくらいじゃ」
「初めて、承わります。なかなか、芝翫は、よい役者だそうでござりまするな」
用人が、真面目な顔で、世辞を云った。
「然し、もう、皺くちゃで――あ痛っ、毛をむしる奴があるか――何も、芝翫を、皺くちゃと申したのではない。わしが、くちゃくちゃだと、申すのじゃ。やれ、痛い、おお、痛い」
斉興は、片脚を、蒲団の下から投げ出して、唾を塗った。将曹が
「お睦まじき体を拝し、臣等、恐悦至極に存じ奉ります」
「将曹も、ちょくちょく、毛をむしられるてのう」
「上を見倣《みなら》わざる臣はござりませぬ」
「何を申す、この馬鹿。家中一同毛が無くなっては、蛸の足みたいでないか」
お由羅が、ぷっと吹出して、炬燵の上へ打つ伏した。
「戯談は、さて置き――帳尻を合せましたなら、ちと、密談を――」
斉興が、頷いて、用人に
「その五十両、小藤次へ貸付としておけ。よいであろうが、由羅」
「はい」
「では、退れ」
用人は、算盤と、帳面とを持って、退って行った。
「齢をとると、寝ても痛む、起きても痛む」
と、呟きつつ、大儀そうに斉興は坐り直した。
「うるさい奴等が、騒ぎよるか」
「はい、江戸よりも、国許の手合が、立騒いでおります。第一に、加治木玄白斎が、牧の修法を妨げております。それに、力を添えて居ります者に、島津壱岐、赤山靱負、山田一郎右衛門、高崎五郎右衛門――以下は、軽輩でござりますが――」
「よし、近々、わしは、国へ参るが――考えておこう。それだけか」
「未だ、大変なことが――」
将曹は、眼を光らせた。お由羅が、ちらっと、将曹を見た。そして
「赤山様まで?」
「よって、油断がなりませぬ」
赤山靱負は、一門の中でも、名代の人であった。
「いつか、調伏の人形を、床下より掘り出して持参致しました、仙波なる者――」
「うむ」
「父子にて、牧の調伏所へ斬込みました由、いよいよ不敵なる振舞――」
「成る程のう、そんな事まで、致すようになったか?」
「尋常の手段では――いつ何時、御部屋様などへも、危害を加えるか計られませぬ」
斉興は頷いた。
「それに、国許より度々の密使が、斉彬公の許へ参っております」
「そうあろう」
「国許では、久光公がござるゆえ、かようのことも起る。根元は、久光公ゆえ、この君を討取れなどと、悪逆無双の説をなす徒輩《やから》も、ござります」
「久光を?」
と、お由羅が、いった。
「罪も、咎《とが》も無い久光を――」
お由羅は、憎悪のこもった声と、眼とであった。
「申しようの無い不敵の奴等で、余程、厳しく致しませぬと、懲りぬと、心得まする」
「そうじゃ。わしの、帰国も、迫っておるし、調べて、厳重に罰してみよう」
斉興は、蒲団の上へ顎を乗せて、背を丸くしながら
「久光は、そうした話を存じておるのか」
「手前は、話し申しませぬが――」
「いわん方がええ。あれに知れると、いろいろと、うるさいので――」
「本当に、何うして、あの子は、あんなに、斉彬びいきなのか――」
と、お由羅がいった時
「久光様、御渡りでござりまする」
襖の外で、声がした。
「金子をもって行っては、斉彬に渡すらしいが――」
「斉彬様が、上手に、久光様を――」
と、将曹がいった時
「御免」
と、久光の声がした。そして、襖が、開くと、いつものように、ずかずかと入って来た。
斉彬の好みと同じ姿で、紬の着流しに、木綿の足袋、粗末な鉄鍔の脇差だけであった。将曹が、座を滑って、頭を下げたが、ちらっと見たまま、挨拶もしないで、斉興の側へ坐った。そして、すぐ
「又、密談か、将曹。貴公、密談が、すきだのう」
と、浴せた。将曹は
「いえ、今日は――」
「隠すな。近侍も、侍女もおらんでないか。正直に申せ」
と、口早にいって、すぐ、斉興に
「調所が、近々参りましょうが、二千両下さ
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