により、参上致しましたるところ、拝謁仰せつけられ、忝なく存じ奉ります」
と、名越が、型の挨拶をした。斉彬は、そう、名越が挨拶をしている間、朱筆で、何かを、帳へ書き入れていたが、名越が、いい終ると
「上方の模様は、何うだの」
と、三人の方へ、膝を向けて、筆を置いて笑った。
「はっ、調所殿を、初めまして――」
「いいや、そのことではない。京師では、勤王、倒幕の説が、盛んだと、申すではないか」
「よりより聞いておりますが――」
「何んと思うな?」
「浪人共の、不逞《ふてい》の業と、心得まする」
「そうかのう」
名越が
「寛之助様、御逝去の砌《みぎ》り――」
と、いい出すと同時に、斉彬は膝の前の銃を取上げて
「これが、村野、エンピールじゃ」
「はっ、エンピール銃」
「うん――今までのエンピールは、先籠めであったが、今度のは、改良して、元籠めになった。弾も、前には、円弾だったが、尖り弾になった。こうして、覗いてみい」
斉彬は、自分に近い銃をとって、銃口を眼に当てた。
「筒の中に、きりきり巻いた溝があろうがな。それも、改良されてからついたが、わしは腔線と訳した。つまり、弾丸が、滑り出よいように、且又、狙いの狂わんようと、そういう条《すじ》をつけたものじゃ。よく考えてあるな。これが、スナイドル――」
斉彬は、成瀬の方へ、スナイドル銃を、抛《な》げるように、押し転がした。
「これが、スペンセス――この紙に、書いてある」
筒先に、紙切が結びつけてあって、ローマ字で、ツンナールとか、シャスポーとか、ゲーベルとか、いろいろな銃の名が、書いてあった。
「のう、左源太、寛之助まで、四人もつづいて死ぬと、どうも、何んとなく、重苦しい気がして、余り嬉しくないものだのう」
斉彬は、一梃の銃の台尻を肩へ当てて、窓外の樹を覘《ねら》いながら、独り言のようにいった。
「その儀につきまして――」
名越が、銃を置いて、斉彬を見ると、斉彬は
「関ヶ原で、島津の後殿《しっぱらい》は、見事であったと申すが、あの時にも銃砲が足りなかった。この間、それを調べたが、当家の異国方軍制――武田流の軍法――によると、文禄までは、千人として士分の騎馬五十人、徒歩《かち》五十人、弓足軽三十人、槍足軽三百人、鉄砲足軽七十人、残りが小者、輸卒だが、主力は槍であった」
名越は、困った。又博学な講釈が始まった、と、思った。だが
「左様でござりましょうか」
と、答える外になかった。成瀬と、村野の二人は、銃を、膝の上へのせて、斉彬をじっと凝視めていた。
斉彬は、机の上の帳を、時々見ながら
「それが、朝鮮で、戦って戻ると、銃の効能が判ったのだのう。旗十八本、五十四人。槍、弓、鉄砲、各々百五十人。合せて前奇隊五百四人に組|更《か》えておる。関ヶ原の時、伊達家は三千人の同勢中、千二百人まで鉄砲を持たしていたし、それが、大阪の陣になると、仙台名代の騎銃隊が現れてきた。これが、イギリスのホブソンの、騎兵要妙という本じゃが、これからの戦には、銃の精鋭なものと、馬のいいのとが無くてはならぬ。壱岐《いき》が来よったから、軽輩に、馬の稽古させて、騎銃隊を作るのだと申したら、軽輩が大勢馬上で、拙者らが徒歩で、もし出逢った時には、一々下馬して通りますか、それとも乗打ちしますか、たださえ、上を軽んじる風が現れた折、考えものだ、と、申しおったが、何うじゃ。あはははは」
「然し、その大勢が、一時に、馬上で銃を放ちましたなら、馬が驚きましょう。敵を崩す前に、却って味方が――」
「よしよし、判った」
斉彬は、笑って、手で押えた。
「何か、子供につける、よい名はないか。又、妊《ほら》んだらしいぞ。死ぬと、すぐ代りが出来るで、案じることはない。あはははは」
「然しながら――」
「今度は、双生児《ふたご》に致そうかの」
三人とも、斉彬の前では、手も足も出なかった。何をいっても、斉彬の方が、遥かに上であった。それは、主君としてでなく、人間として段がちがっていた。そして、斉彬は、なかなか、何用か、と自分からいい出さないで、ちゃんと、その用を自分が先廻りに云って、それからいろいろの知識、故事を語って、ようよう伺候者《しこうしゃ》が、彼等の語ろうとして来た用件をいうと、斉彬は一言で、その諾否を決した。そして、それで、用が終ると、きっと斉彬は、机に向った。人々は、退出の外になかった。それを心得ていたから、名越は、固唾《かたず》を飲みながら
「寛之助様、御死去につきまして、いろいろ、取沙汰もあり、家中の所置方にも、偏頗《へんぱ》の傾あり、国許より、この人々――」
名越は、大奉書に書き並べてある人々の署名を、つつましく、斉彬の方へ、押し出した。斉彬は、手にとらないで、じっと眺めて、頷いた。
「江戸におきまして、吾々同志」
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