ゃんと坐ってござれ」
座敷を開けてくれた。三人は、其処へ入った。そして、又蔵が、七瀬の足を揉み、綱手が自分の腓を揉んでいる時、往来から、道中合羽を着た男が、覗き込んだ。
「やっと、見つかった」
と、七瀬へ、笑いかけて、御叩頭した。
又蔵が、警戒するように、二人の前へ立って、男を睨んだ。七瀬も、綱手も、坐り直した。
「無茶なことをなさるじゃあござんせんか――昨夜は、夜っぴてでござんしょう。あの雨の中、もし、風邪でもひいたら、一体、どうなさるんで。旅ってものは、腹と一緒で、八分目でござんすよ。昨夜よっぴて歩いたって、今朝、早立したあっしが、馬で急ぎゃあ、ここで追っつけるんだ。旅の初日に出た肉刺《まめ》は、二日や、三日で癒らねえし、その脚じゃあ、今日、当り前なら六里歩けるところが、無理なすったため、半分歩きゃあ、又へたばっちまいますぜ――又蔵さん、いい齢をして、何んのためのお供だい」
「そうともそうとも」
茶店の亭主が、茶を汲んで来て、庄吉の喋っているのへ相槌《あいづち》を打った。
「それくらいのことあ心得てらあ。ところが、そうは行かねえんだ」
又蔵が、不平そうに云った。七瀬は、又蔵へ気の毒な気がしたし、気ばかりあせって、旅慣れない自分に、軽い後悔も、起って来た。庄吉は、合羽の間から、懐へ手を入れて
「悪気で云うんじゃあねえ。怒んなさんな。所で――」
鬱金《うこん》木綿の財布を、七瀬の前へ置いて、部屋の隅へ小さく腰をかけた。
「ええ――これは、御道具を売った金でござんす」
三人は、一時に、財布と、庄吉の顔とを見較べた。七瀬が
「何んという名であったか――そちの志は、よう判っていますが――」
「うんにゃ、一寸もお判らねえ――何んとか、ござり奉って、御返答申し上げ遊ばすおつもりでげしょうが、あっしゃあ、もう少し――やくざ野郎だが、この胸んところを買ってもれえてんだ。お嬢さん、あっしのここを、買っておくんなせえ。庄吉、死ねっと、仰しゃったら、死なんとも限らねえ野郎ですぜ。失礼ながら、ぎりぎりの路銀しかお持ちじゃねえ。万一、水当りで五日、七日、無駄飯でも食ったら、一体何うなさる。この財布を、お持ちになるよりは、もっと、辛い思いをしますぜ」
「然し、あの道具は一旦、お前に、差上げた道具ゆえ」
「何んのいわれ、因縁があって、差上げてもらったんで――いや、お互に、唐変木は、よしやしょう。とにかく、こいつあ御納め願います。ほんのあっしの志で――」
左手で、財布を、七瀬の膝の方へ、押しやって、立上った。
「お前――」
「さよなら」
「これっ――又蔵」
七瀬は、又蔵へ財布を渡して、庄吉を追わそうとした。表口から、庄吉が振返って
「深雪さんにゃ、手前がついていやす。御心配にゃ及びません。さよなら」
口早に叫んで、微笑した。そして、軒下から足早に走り去ろうとした時、二人の馬上の武士が通りかかった。又蔵が、駈け出して来た。七瀬が、上り口のところまで出て来た。
「下郎」
馬を停めて、馬上から侍が呼んだ。又蔵が振向くと、一人の武士が、七瀬を、顎でさして
「仙波の家内ではないか」
又蔵は、不安そうな顔をして、馬上の人を見上げた。
一人が、馬から降りて、左手で編笠の紐を解きつつ
「仙波殿の御内室では、ござりませぬか。久し振りにて、お眼にかかりまする」
「おお、池上」
国許で、小太郎の友達として、出入していた池上であった。
「どちらへ?」
「貴下は?」
「江戸へ」
「妾は、国許へ」
「亭主、ちょっと、奥を借りるぞ」
池上は、こういって、未だ馬上にいる兵頭へ
「降りて来いよ」
と、声をかけた。そして、奥へ入ろうとすると、赭っ茶けた襖の前に、花が咲いたような綱手が坐っていた。
「これは――御無礼致した。亭主、客人がいるでないか」
七瀬が
「いいえ、お見忘れでござりますか、あの綱手」
綱手が、御辞儀した。
「ああっ、綱さんか、わしは――」
池上は、少し赤くなった。そして、小声で七瀬に
「寛之助様の、御死去の折、たしか、お守役と聞きましたが――それに就いて、ちと、聞いたことがあって」
池上は、打裂羽織《ぶっさきばおり》の裾を拡げて、腰かけた。兵頭が、土間の奥の腰掛へ、大股にかけて
「初めまして、兵頭武助と申します」
と、挨拶した。七瀬は、二人の丁度間へ坐って
「如何ようの?」
「国許では、御変死、と噂しておりますが――」
池上は、こういって、七瀬の顔を、じっと見た。
「はい、御変死で、ございます」
七瀬は、言下に、はっきり答えた。
「と、申すと、証拠でもあって」
「調伏の人形が床下にござりました。小太郎が、それを掘り出しましたが、そのために、八郎太は浪人――妾は、国許へ、戻るところでござります」
池上は、暫《しばら》く黙って
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