いたが
「それは又、奇妙な――調伏の証拠を掘り出して、咎めを蒙るとは」
「地頭には勝てませぬ。して、貴下様は、何用で、御江戸へ」
池上は、腕組して暫く黙っていたが
「御内室を見込んで、お明かし申そうが――加治木玄白斎殿が、牧仲太郎の調伏に相違無しと、見究められ、只今、御懐妊中の方に、もしものことがあっては、と、江戸の同志の方々と、打合せのために参る途中――」
「そして、その牧は、只今、何処に――」
「上方へ参っておりましょう。場合によっては、某等の手にて討取る所存でござる」
「国許の同志の方々は?」
「赤山|靱負《ゆきえ》殿、山田一郎右衛門殿、高崎五郎左衛門殿、など――今度の異変にて、夜の目も寝ずに御心痛でござる」
七瀬は、又蔵に
「聞いたか」
「はい」
「御国元ではお待ちじゃによって、妾にかまわず、先に行ってたもらぬか」
「でも――」
七瀬は、黙って又蔵を睨みつけた。
兵頭が
「判ったなら、急ごうでないか」
「いや、江戸の気配も、ほぼ、判り申した。忝のう存じます。道中御健固に」
と、いって、池上が立上った。
「もし、名越様にお逢いの節は、よろしくお伝え下されませ」
「して、仙波殿は」
「江戸におりましょうか、それとも、その辺まで、参っておりましょうか」
「その辺まで?」
と、池上がいった時、もう、兵頭は、馬の頸を叩いていた。
「では、御免、もし、仙波殿に、途中で逢ったなら――」
池上は、歩き歩き振向いていった。
「無事とお伝え下さりませ」
三人は、池上の馬に乗るのを見送った。
「御免」
二人は、編笠をきて、すぐ、馬をすすめた。三人は、御辞儀して、座に戻ると、暫く黙っていたが
「又蔵、御苦労ながら、一足先へ立ってたもれ。大事の手紙じゃで、一刻も急ぐから」
「はい――然し、お二人では――」
「今、聞いたであろう。牧が、上方へ、参っておると――このことを、夫に知らせて、一手柄させて上げたいが、今から江戸へ戻れるものでなし、ここで、こうしていて、夫と、小太郎に逢うて、牧の行方を告げましょう。それまで、そちが、ここにおっては、大事の書状が無駄になる。わかりましたかえ、お前の心配に、無理は無いが、妾とても、十八九の娘ではない――さ、心配せずに、急いで立っておくれ」
「はい」
七瀬は、腹巻を引出そうと、手を入れた。俯向いていた又蔵が
「路銀は――ここに」
と、庄吉の置いて行った財布を出した。
「それは、人様の金子でないか」
「いいえ――あいつの申します通り、もしも、水当りででも、五日、七日寝ましたなら、先立つものは金、又、手前が、これを使います分にゃあ、申訳も立ちますし――あいつも、なかなか、おもしろい奴でございます。手前、これで参ります」
「何程入っていますかえ」
又蔵は、中を覗いてから
「おやっ」
と、いって、掌へ開けた。小判と、銀子とが混っていた。
「ございますよ、八両余り」
「八両?――少し、多いではないか」
「ねえ」
「あれは巾着切であろうがな」
「そう申しますが」
「もしか、不浄の金ではないかの」
又蔵は、立上った。
「もしもの時にゃあ、奥様、又蔵が、背負《しょ》います」
「いいえ。これをもって――」
と、七瀬が金子を差出した時
「では、御無事に――すぐ又、大阪へお迎えに参ります。お嬢さん、気をおつけなすって下さいまし、水当りに――」
又蔵の声が湿った。走るように軒下へ出て、振向いて
「祈っておりまする。奥さん、お嬢さん、行って参りますよ」
綱手は泣いていた。七瀬の眼も、湿っていた。茶店の旅人も、亭主も、両方を見較べていた。
碇山将曹は、四ツ本の差出した書面を見ていた。それには「あかね」で、会合した人々の名が、書いてあった。
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大目付兼物頭 名越左源太
裁許掛 中村嘉右衛門
同《おなじく》見習 近藤七郎右衛門
同 新納弥太右衛門
蔵方目付 吉井七之丞
奥小姓 村野伝之丞
遠方目付 村田平内左衛門
宗門方書役 肱岡五郎太
小納戸役 伊集院中二
兵具方目付 相良市郎兵衛
同人 弟 宗右衛門
無役 益満休之助
同 加治木与曾二
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「この外に、仙波親子か」
大きい、丸い眼鏡越しに、四ツ本を見て
「はっ」
と、頷くと、眼鏡をはずして、机の上へ置いた。そして、金網のかかった手焙《てあぶり》――桐の胴丸に、天の橋立の高蒔絵したのを、抱えこむように、身体を曲げて
「これだけの人数なら、恐ろしくはないが、国許の奴等と、通謀させてはうるさい。それを取締って――時と、場合で、斬り捨ててもよい。と申しても、貴公は弱いのう」
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