? 前から、忍んでおったのでは、判る理前が無い」
人々が、頷いた。
「それで、誰だ、と、こっちから咎めた」
人々が
「うむ」
と、又、頷いた。
「すると、今日、あかねの会合は、何を談合するのか? と、こうじゃ。それが、いやに、落ちついての、談合?――談合ではない、無尽講じゃが、何んの用があって聞くか。誰とも、名乗らず、無礼でないか、と、申したら――行け、と。それで、判ったが、その、行け、と、申した声が、どうも、伊集院平に似ておるし、行けと、横柄に申す以上、勿論、家中の上席の者で、わしを、よく存じておる奴にちがいない。そして、今日の会合を、怪しんでおる者にちがいない。わしは、嗅ぎつけられたと、思うが、方々の判断は?――」
「早いのう。成る程、油断できぬわい」
「それで、手間取ったのか」
「いいや、遅参致したのは――つい先刻、出し抜けに、四ツ本が参って、手籠めにして、道具諸共、御門外追放じゃ」
「三日の間と、申すでないか」
「それが、急に、今日中に、出て行けと、足軽の十人も引連れて来たが――」
「無体なことをするのう」
「だから、軽挙ができぬ。仙波は、形代を探し出したので、第一番に、睨まれておるのじゃ。今日の談合が、嗅ぎつけられたとしたなら、わしらにも咎めが来ると、覚悟せにゃいかんぞ」
「無論のこと――そうなれば、なるで、又、おもしろいではないか」
そういいながら、人々は、暗い、雨の申に、お由羅方の目が光っているようで、不安と、興奮とを感じてきた。
「相談ごとは、相済みましたか」
「済まぬが、もし、嗅ぎつけられたとすると、長居してはいかん」
「左様、何ういう手段を取ろうも計られん。すぐ、退散して、もう一度、回状によって集まるか」
益満が
「余のことは、お任せ申しましょうが、牧を斬ることは、決まったこととして――」
「それは、よろしい。入用の金子は、明日にでも、すぐ取りに参れ。したが、浪人は、集まるかの」
益満が、笑って
「町道場へ参れば、一束ぐらい――百人ぐらいは、立ちどころに集まりまする」
「立つか」
と、左源太が、指を立てて、斬る真似をした。
「相当に――」
人々は、外の雨脚の劇しいのを見て、尻端折《しりはしょり》になった。そして、雨合羽を着て
「まごまごしておったなら、打《ぶ》った斬るか。この雨の夜なら、斬ってもわかるまい」
などと、囁き合った。
「それでは、一両日中に、改めて、会合するとして、今日はこれまで――途中、気をつけて」
と、名越が立上ると共に、人々が、一斉に立って、身支度をした。軽輩は、すぐ下へ降りて、蓑笠をつけた。そして、上席の人々は、自分の供を呼んで、提灯をつけさせた。人々が降りると、料亭の主人が、草鞋を持って出て
「この路になりましたからには、高下駄では歩けませぬ。どうか、これを、お召しなすって下さいませ」
と、いった。
「御一同、草鞋にかえて――途中のこともある」
人々は、袴を脱いで、懐中し、供に持たせ、身軽になって、草鞋を履いた。
「何れ、物見に一足先へ」
と、いって、踏み出した一人が――何を見たのか
「待てっ」
と、叫んで、雨の中へ、笠をかなぐり捨てて、走り出した。四五人が、その声に、軒下に出ると――遠くに、足音が小さくなるだけで、何も見えなかった。
「亭主、怪しい奴がうろうろしておらなんだか」
「一向に、見かけませんが――」
「油断がならぬ。一同、御一緒に」
人々は、刀を改めて、帯を締め直した。
「益満に、仙波は、何うした」
と、一人がいって
「益満」
と、二階の二人を呼んだ。益満の落ちついた声で
「少し、仙波殿と相談事があるで、かまわずお先に」
と、いった時、ぴたぴた泥を踏んで
「逃した」
と、呟きつつ、一人が、戻って来た。
「見張らしい。わしの顔を見ると、すぐ、走り出したので、追っかけたが、暗いのでのう」
人々は、心の底から、動揺しかけた。
(何うして、ここを嗅ぎつけたか)
十二三人の同志だけでは、大勢の、上席の人々を対手に、何う争えるか?
(もう、ここまで、手を廻して)
心細さを感じると共に、憎しみを感じたが、その代り、張合が強くなっても来た。
人々の去った静かな――だが、乱雑な、広間で、三人が、火鉢をかこんでいた。女中は、つつましく他の部屋を取片付けながら、小太郎を、ちらっと、眺めては、笑ったり、背をぶち合ったり、していた。
「女中、そっちの女中」
と、益満が呼んだ。
「はい」
と、答えて、微かに、赤らみながら
「お召しで、ござりますか」
女中のついた手を、いきなり、小太郎の手にくっつけて
「どうじゃ、いくらくれる?」
女中も、小太郎も赤くなった。女中が、走り去ると
「とにかく、江戸は、斉興公|贔屓《びいき》が多い。これでは仕事が出来
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