なる」
「いいえ」
 深雪は、泣声を出した。五人の足軽と、士分が一人、式台に立って、五人を看視していた。

(おや――)
 庄吉は、薄暗い、大門の軒下へ、不審そうに、眼をやった。
 仲間対手の小さい、おでんと、燗酒《かんざけ》の出店が、邸の正面へ、夕方時から出て店を張っていた。車を中心に柱を立てて、土塀から、板廂《いたびさし》を広く突き出し、雨だけは凌《しの》げた。
(お嬢さんだ――次は小太郎。ははあ、もう一人、これもいい娘だ。しめて五人、小者とで六人――この雨の中を――)
 と、思った時、辻番所で、四ツ本が
「今日のうちにも、追放する」
 と、いった言葉を思い出した。
「親爺、いくらだ」
 庄吉は、急いで、財布を出した。そして、それを口にくわえて、紐を解いていたが、じれったくなってきたので
「この中から取ってくれ」
 がちゃんと、財布を板の上へ投げ出して、門の方ばかり眺めていた。
「ええ、確かに、二十三文頂きました。お改め――旦那、お改めなすって――」
 庄吉は、返事もしないで、財布を懐へ押込んだ。六人の後方から、長持が、小箪笥が、屏風が、箱が――次々に、軒下の片隅へ、一人一人の手で、運ばれて来た。六人は、その側に立っていた。庄吉は
「有難う」
 と、いった亭主の言葉を、耳では聞いたが、何をいわれたのか判らないくらいに、軒下の人と、品物とを、凝視しながら、雨の中へ出た。小走りに、泥溝のところへ行って、夜色の中にまぎれながら、表門の出窓の下へ入った。そして、雨を避けている人のように、しゃがみ込んでしまった。
 六人は、黙って立っていた。品物が、かなり、積み重なって、小者達が、もう出入しなくなると、一人の士が、六人に
「明朝まで、ここへ、差許す。早々に処分するよう」
 庄吉の、しゃがんでいる出窓の上で、低い話声がした。
「ああまでせんでええになあ」
「別嬪《ぺっぴん》だのう。もう、明日から拝めんぞな」
「じゃあ、御供して――」
 庄吉が下から
「つかんことを、お尋ねしますが」
 窓の内部の門番は、さっと、顔を引いた。
「あの――あれは一体――御引越しかなんかで――」
 門番は、答えなかった。
(薩摩っぽうって、恐ろしい、つき合いの悪い奴ばかり揃ってやがる――手前《てめえ》に聞かねえでも、追ん出したたあちゃんとわかってるんだ。唐変木の糞門番)
 道具を運んでいた人々は、門内へ入ってしまった。暗い大門の軒下で、人通りの少い雨の往来であったが、時々通る人は、立止まってまで、六人と、道具とを眺めて通った。
(何んと挨拶しゃあがるか――とにかく、ぶっつかってみろ。だまっちゃ、何んしろ、居れないことに、なって来やがるんだからなあ)
 庄吉は、勢いよく立上った。そして、真直ぐに六人の方へ歩いて行った。

「いつぞやの者でござんす」
 庄吉は、小太郎に、お辞儀をした。小太郎は、じっと睨みつけたまま、口を利かなかった。深雪が
「ああ――先刻の?」
「ええ先刻の野郎でございます」
 と、深雪に、お辞儀してから
「手前、お初にお目にかかりやす。ええ、仙波の御旦那様、手前――」
 庄吉は、膝まで、手を下ろして
「巾着切の、庄吉と申しやす。至って、正直な――」
「あっちへ参れ。用は無い。行けっ」
 八郎太が、静かにいった。庄吉は、その声と共に、さっと、身体を立てて、八郎太と正面から、顔を合せた。
「御尤も様でございます。すぐ、あちらへ参ゆますが、一言だけ、聞いて頂きたいもんで。御存じの通り、若旦那に、この手首を――ねえ、小太郎さん――手首を折られまして」
 八郎太は、じっと、庄吉の顔を見た。
「実は――本当のことを申しますと、怨みがございます。何んしろ、巾着切が、手首を折られちゃ、上ったりでげすから――人間誰だって、手首を折られて怨まん奴はござんせん。ねえ旦那、随分怨んでましたよ。今だって、こん畜生、ひでえ目に逢いやがるがいいや、と――これは、本当の話で、正直な、気持を申し上げているんでげすが――然し、でござんす、旦那、このお嬢さんにゃあ、怨みはござんせん。その怨みも、縁も無い方が、こんなにおなりなさり奉ったのを、あっしが、黙って見ておれるか、おれんか? 何うでげす、旦那、江戸っ子なら、判りまさあ、見ておれるものじゃござんせん。そうでげしょう、ねえ、旦那。見ちゃいられませんや」
 八郎太は、七瀬に
「支度をせんか」
 七瀬は、風呂敷包の中から、旅支度の品々を、取り出した。綱手が手伝った。
「旦那、待っておくんなさい。あっしゃあ、これで一生懸命なんだ。お侍対手に、うまくいえねえが――おかみさん、一寸、聞いてやって下っせえよ。そう急がずに――その手首を折られて、無念、残念、びんしけん、何んとか、この青ちょこ野郎め、御免なせえ――大体、この方の印籠を掏れといっ
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