て、二人、同時に立上った。一人は、一人を、手で押して
「ええ? お出でなさいまし。至って、おとなしいのが揃っていやすから、ずっと」
「あの、仙波と申す若い侍が」
「師匠っ。さっきの方は?」
富士春が立上って、小走りに出て来て
「貴女様は」
「仙波の妹でございます。先程、益満様を尋ねて、こちらへ参りましたが、もしか、まだ――」
富士春は、黙って、深雪に見とれていた。
「まあ」
暫く顔を見てから、富士春が
「お妹様で――まあ」
「お宅へ伺いましてから、何処へ参りましたか、御心当りでも、ございましょうなら――」
泥溝板が、ことこと鳴って
「猫、鳶に、河童の屁か」
大声で、怒鳴りながら、庄吉が
「今日は」
と、格子口から叫んだ。そして、深雪を見ると、身体を避けて
「御免なすって」
おとなしい口をきいて、御辞儀をした。
「珍しい。手は直ったかえ」
「人形の首を、飯粒でくっつけるようにゃあ行かねえや」
庄吉が、深雪を盗み見して、その横を、そっと上って行った。
「さあ、手前共から、お出ましになって、何処へいらっしゃいましたか」
と、富士春が云った時
「へえ、そうかい、お嬢さんが――」
庄吉は、源公へこう云って、深雪の方を見た。深雪は、男達が、自分を、じろじろ眺め、噂をしているので、少しでも早く、出て行きたかった。
「では、御邪魔致しました」
深雪が、お叩頭をした時
「お嬢さん、一寸、仙波の小太さんを、お探しですかい」
「はい」
庄吉は、こう云ったまま、入口からさす薄曇りの光を、背に受けて、白々と浮き出している深雪の顔を、じっと、凝視めていたが
「あっしゃあ、お行方を存じていますんで」
「兄は、何ちらへ?」
「それがね――」
「おい、庄っ、おかしな考えを出すな」
「それが――一寸」
庄吉は、こういって立上った。そして、富士春のいるところへ来て
「訳ありで――話をせんと判りませんが――ええと、外は雨だし――然し、御案内旁々《かたがた》、お話し申しやしょう」
源公が
「庄公っ、よせったら」
「うるせえ、手前、そんなら、行方を知ってるか」
「そんなことあ――」
「知らなけりゃ引込んでろ」
庄吉は、土間へ降りた。
「お嬢さん、すみませんが、傘を一つ、差しかけて下さいませんか。手が、いけねえんで。済みませんが――つい、近所で――」
庄吉は、武家育ちの深雪の態度と、その美しさとに気押されて、軽い口をききながらも、眼は伏せていた。富士春が
「庄さん、本当に知っているのかい」
「知っているとも――俺《おいら》、こんなお嬢さんに、嘘を吐くような悪じゃあねえ」
「そら、そうだけど」
深雪は、庄吉の、いうこと、することに、腑に落ちぬところはあったが、白昼、町の真中であったから、二人の相合傘を人に見られるほか、安心していてもいいと、考えていた。
「そのねっ」
庄吉は、格子戸を出ると
「ひょんなことがありましてね――」
庄吉は、泥溝板を、ことことさせながら、こう云ったまま、黙ってしまった。深雪は、自分から、口を利きたくなかったが
「ひょんなこととは?」
「それが、その――実、全くの、ひょんなことでね」
庄吉は、こう云ったまま、又、黙ってしまった。往来へ出ると、人々が、二人を振向いて眺めた。
「急ぎますから――」
「ええ、お嬢さんは、今、お邸からいらっしゃいましたか」
「はい」
「四国町の自身番に、人だかりがござんしたでしょう」
「はい」
「それなんで――お兄上様は、其処にいらっしゃいますが――」
深雪は、庄吉の顔を見た。胸が、ぎくりとした。
「自身番?」
「ええ、それがね」
「やってやがらあ」
「やいっ、庄公っ」
二人が通りかかった小藤次の家の中から、一人の職人が、怒鳴った。
「お話し申さんと、判りにくうござんすが」
薄暗い家の中から、小藤次が、じっと、深雪を眺めていた。そして
「庄公、一寸」
庄吉は、ちらと振向いて
「ええ、すぐ、後から――」
そして、深雪に
「今の、御存じですかい」
深雪は、家の中へ振返った。小藤次と、眼が合った。
「いいえ――彼処《あすこ》は、お由羅様の、御生家でござりましよう」
「ええ、今のが、兄貴の、岡田小藤次利武でさあ」
深雪は、もう一度、しっかりと顔を見ようかとも思ったが、汚らしいものを見るような気がした。
「話さんと判りませんが、あっしゃあ、実は掏摸でござんしてね」
「掏摸?」
「巾着切り、人様の――」
深雪は、傘と、身体を、庄吉から放した。庄吉は、周章てて、手を振りながら
「ここから、話さんと、よく判りゃせん。お嬢さん、掏摸は、悪者じゃあござんせんよ。小藤次なんかと一緒になすっちゃ――お兄さんとは、一方《ひとかた》ならん関係のある、あっしで、こと細かに、今、申し述べやすがね、
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