ない》でもやらかそうかと思うんだが。何うでえ師匠」
「いい思案だ」
 小太郎は、縁側で、膝を抱いて、柱に凭れていたが
「庄吉――わしも、商人になろうかと思う」
 と、云って、三人の方を見た。深雪が、兄の顔を見て、すぐ、俯向いた。
「若旦那あ、これからじゃあ、ござんせんか。富士春んとこの浪人衆でさえ、三田の御屋敷へこもって、一騒ぎ持ちゃげようという時節に、あんた、一文、二文の利がすりとるなるんざあ、南玉、いささか不服でげすな」
「南玉、世の中は、まだまだ変りそうだ」
「いくら変ったって、お侍は、お侍、巾着切が、二八うどんになるような――」
「いいや、そうではない。益満の企ても、国許の方々の企ても、調所の利殖しておいた金子があればこそじゃ。斉彬公は強兵よりも、富国の策を、根本の大事とされたが、如何にも尤もじゃ。わしは、牧を討つのにかかって、何一つ、君にお報いできなかったが、同志の行動を見ると、ただ金子を使うばかりじゃ。せめて、わし一人でも、他人のせぬ、同志の卑しむ、金儲けをしようとおもう。そして、後ろ楯となろう。きっと、亡君は、お喜びになるにちがいない。又、世の中を見ると、のう、庄吉、武家は、徒らに、空威張りのみで、金子の前に、頭を下げぬ者が、幾人おる」
「そうでござんすとも――」
「調所のやった密貿易《みつがい》を、わしは、学ぼうと思う。庄吉、共々に、同じ棄てる命なら、人のせぬことをして、棄てようではないか。同志を裏切ったと、罵られようと、隼人の面目を汚したと、いわれようと、わしは、これが、斉彬公のお志の第一であったと、信じる――深雪、その心でいてくれい。わしは、今まで、武士としての半生を、空しく、過してしまった代りとして、これから後の半生を、益満より、一足先に、出ようとおもう」
「資本《もとで》は、若旦那」
「資本か」
 と、いって、小太郎は、笑った。
「益満、諸共、押込じゃ」
 そういった時、表から
「小太」
 と、益満の声がした。
「行くか?」
「いよいよ仕事の手初めだ」
「わしも、仕事の手初めだ」
 小太郎は、笑いながら、刀をとって、立上った。薄暗くなって来た表の土間に、益満か、身軽な姿で立っていた。
「今夜の、手初めが、やがて、天下を一新する手初めになるのだ」
「益満、わしは、金子を奪うぞ。それも軍用金にでなく、密貿易をする資本にだ。同志に不服の者があるが、わし一人でも、この志は変えぬ。これが、斉彬公に尽しうる、わしが、ただ一つの道だ――判るか」
 益満は、暫く黙っていたが
「それもよい」
 と、いった。
「行こう、益満」
 と、小太郎は、明るい声をして
「お前が、天下をとるか? わしが、天下を取らせるか。今度は負けぬぞ」
 と、いって、笑った。長屋の表へ出ると、賑やかな話声と、三味の音とがしていた。

 島津将曹は、小書院の窓際の、机の前に坐って――時々、暗くなってくる燭台の灯を、自分で、摘みながら、考え込んでいた。
 斉彬が臨終の時にまで、何一つ、自分に対して、咎めの言葉さえ洩らさなかったということが、将曹の心を打ち砕いてしまっていた。
 斉彬が世継ときまった時に、将曹は、勿論、家老職を、剥奪されるものだと、考えていたが――そして、斉彬の前へ、呼び出された時には、その覚悟だけで、いっぱいであったが、斉彬は
「父上に対していたと同様に、わしにも、輔佐してくれればよい」
 と、いって、将曹の覚悟の、遣り場を、無くしてしまった。だが、将曹は、それに対して
(何か、肚に一物があるのであろう)
 と、いろいろのことを考えて、十分に警戒をしていたが、それからすぐに続いて来た病の床ででも、斉彬は、何一つ、将曹に対して、その罪を責めるらしい言葉を洩らしはしなかった。
(えらいお方だ)
 と、将曹は、心の底から、しみじみと、感じることが出来た。
(仕えてみて、初めて、斉彬公の非凡さが、判った――幕府が、この人を、頼みとし、天下の者が、この人に縋ろうとしているのは、尤もだ)
 と、思った。だが、その斉彬に対し、斉彬の子に対して、自分の取っていたことが、悪いことであるとは、思えなかった。
(寛大、高識の君ではあるが、然し、財政の方の事には、欠けていなさる――人間、そう、完備しているものではない)
 と、斉彬の、消費的方面――糸が、少し、機械の力によって、紡ぎ出せるという紡績機――
(あれは、玩具ではないか? それに、大金を投じて――だから、父君の、御心配になるのも、当り前だ。オランダ人が来て、ほめたといっては、有頂天になっておられるが、紅毛人が、ほめたとて、何んだ。これが、斉彬公の御欠点だ。一にも、二にも、西洋西洋と、反射炉にも、ギヤマンにも、多大の金がかかったが、何一つ、それが金儲けになったという話は聞かない。折角の、調所の金が、見る
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