き飛ばされ、心を叩きつけられたように感じた。斉彬と、哲丸とを亡くしたのは、自分のせいのように感じた。
「今も、それで、もめたが、呪咀か、毒殺か――斉彬公は、呪咀をお信じにならなかったが――余りに不思議なお亡くなり方だ。然し、何れでもよい。小太郎、わしは、落胆しないぞ。この憤りを、幕府へ、わしは叩き返してやる。わしは、江戸へ戻って、悪鬼になって、暴れてやる。殉死の心を、生き延びて、江戸中を、血潮の巷にしてくれる。小太、共々、江戸へ立とう。国許の英才も、このまま、泣いてはおるまい。斉彬公が、お亡くなりになっても、そのお心は、骨髄にまで、沁み透っているぞ。いいや、お亡くなりになったがゆえに、わしの血は、二倍にも、燃え立ってきた。倒幕の気運は、明日から起るぞ。小太、江戸へ立とう。斉彬公は、一寸も、じっとしてはおられなかった。各各――立とう。直ちに、江戸へ立って、御遺志を継ごう」
 益満は、低いが、強い声でいって、刀を、どんと、畳へ突立てた。

 西郷は、又泣いたらしく、眼を赤くしていた。上下《かみしも》をつけて、袴を高く、膝頭までからげて、素足に、草鞋――それは、斉彬の柩《ひつぎ》を警固するための服装であった。
 将曹等を、討とうとした、若い、軽輩の人々は、お互に、燃えるような、刺すような眼をして、その心と、心を通じさせている。
 だが、階級の上の人々は、囁いたり、微笑したり、そして、吉之助とか、その外の人々の、眠らない、赤い眼を見ると、すぐ、冷たい眼になって、横を向いた。
「一蔵、わしは、江戸の軽輩と、呼応して、ひたすら、倒幕の策につこう。お前は、亡君の御遺志をついで、富国の策をとってくれい。亡君を、唯一人の人として頼んでおった浪人共は、この死によって、どう落胆し、どう変るか判らない。しかし、ここに集まっておる、この、軽輩だけで、江戸におる益満らだけで、必ず、倒幕の仕事は、成し遂げてみせる。薩摩一国で、必ず、回天の業を、遣り遂げてみせる。お前は、国許にいて、ここらにおる、あの馬鹿重臣共を押えていてくれい。亡君の仰せの如く、内訌していることではないようだ。来る便り、来る便りが、世の中の激変して来るのを知らせて来ている。軽輩共の、熱は、血は、押え切れなくなっている。亡君に、お報いするの道は唯、京師へ出で、江戸へ行くだけだと、思っている。全く、風雲は、急に、なって来たらしい。仕事は、将曹を斬るよりも、遥かに、大きい」
 一蔵は、うなずきながら、陽を受けて、紫紺色にそびえている桜島を、じっと、凝視していた。二三人の、同じ姿の軽輩達が、近寄って来た。
「今までは、おすがり申していたが、お亡くなりになって、己一人でやらなければならぬと、思うと、おれは、こうして、じっとしているのでさえ、惜しくなってきた。斉彬公と共に、これまでの月日が去ってしまって、ちがった陽の下に、生れ帰って来たような気がする」
 五代才助が呟くようにいった。
「わしも、昨日までのわしではなくなった」
 と、一人が呟いた。一人の上席の者が、この一群の側へ通りかかって
「隼人が、何を悲しむ」
 と、いいすてて、行ってしまった。才助が、その後姿へ
「もう、お前らは、対手にしないぞ」
「相手は、天下だ」
「徳川だ」
「異国だ」
 立っている堀の石垣の上から、鹿児島の町は、磯浜の方へ、低く、充満して、連なっていた。浜には、斉彬公の定めた、日の丸の船印の船が。その前には、オランダ人の驚いた、新鋳の大砲庫が。松林の中には、反射炉の頭が。その手前に、紡績工場が――斉彬は、死んだが、それらのもの――日本全体を対手としても戦いうる精鋭な武器が。やがては、日本に富をもたらすべき生産設備が。右の方、城内の武器庫にも、眺めているその前方いっぱいに。左の方には、同じように石垣際に、一かたまりとなって、内部へ入れない軽輩が――それから、その人々の心の中には、斉彬の心が、いっぱいに――
 吉之助は、磯浜を見、右を見、左を見て、赤い眼に、又涙をためた。だが、脣には、微笑を浮べて
「きっと、なせる。一蔵」
「なせる」
 大久保一蔵は、そういってうなずくと、吉之助の手を握った。軽輩の総ては、同じ心で、磯浜を、桜島を眺めていた。桜島は、真直ぐに、煙を立てていた。

「京は、何んだか、ざわついていたが、江戸は、相変らず、のんびりしてらあ。今にも、黒船が来るように騒いでゃあがったが――富士春のところへ、又、ぽつぽつ、旗本が、三味の稽古に来ているってじゃねえか。一体、何うなるんだか――」
「何うにか、なるだろう。何うともしてくれってんだ」
 庄吉は、南玉の方へ、肩を聳やかして
「おいらあ、これで、男の一分が立ったから、おさらばってことにして――一つ、仲間の奴へ、奉加帳を廻してさ、二三十集まったら、何か、こう小商売《こあき
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