私は愛用している。別に私が、大阪に生れたからでなく、昆布は確にうまい物である。
 私の本郷の下宿時代、私の所へ逃げてきた、私の女房(女房になってから、逃げてきたのでなく、逃げてきて、いつの間にか、女房になったのである)が、此奴、昆布好きで、本郷界隈を、隈なく、昆布の為に、歩いて、藪蕎麦《やぶそば》が、天神さんの中にあること、シュークリームが、近くにある事だけを発見して戻ってきた事がある。
 今でも、昆布を求めようとすると、見当がつかない。里見※[#「弓+享」、第3水準1−84−22]の愛人、お竜さん(これは私の愛人と少し、意味がちがう)が、いつも私が、大阪へ行くと聞いて「昆布を買ってきて」と註文する(尤も、大抵私は忘れて、またと叱られる)。彼女は、江戸っ子であるが、昆布ずきである。多分里見もそうであろう。
 食べると、かくの如く、甚だ、忘れっぽい私にさえ、註文する位に、うまい物であるのに、大阪人はこれを、新らしい商売として、東京へ乗出そうとはしない。宣伝と、製法とによって、無限に生産してくる、この海の草は、十分に儲かるであろうと思う。
 私は、一つの塩昆布でさえ、甘いの、からいの、淡白
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