そう聞くと、島田の辺で、夜中《やちゅう》の流し三味線とその唄はお新によく似ていると、表の廊下へ出た事などが思出された。
「あの夜、佐々木の旦那様もお越しになりまして――」
 甚七は少しずつ糸がほぐれて来たように感じたが、それと共に、人生は何うしてこう巧に食いちがって行くものか――いくら食いちがっても、お新を探すのが、何よりも第一だと思った。その時、主婦《おかみ》が
「もしか、見えたらこれを渡してくれとのことで。」
 と、手紙をもってきた。それには
「佐々木が、山田と口論して、山田が先に戻ったこと、その、山田が、お新、来馬も可哀そうにとんだぬれ衣《ぎぬ》をきせて、と云ったこと、それでいろ/\と山田をさぐると、佐々木の金入をもっていた事、この金入を証拠としてあかりをお立てになったら、妾《わたし》は鳥追となって江戸へ下りますがその金入はもっておりますから、一日に一度はきっと浅草の観音へ行くことにして、こゝへ来て下さればお目にかゝります。」
 甚七は礼を云うと共に、再び足を東へ向けようとした。お俊もお新も、世の中の女というものは、男より何うしてこんなに――利口で、美しく――と、思って行く時
「来馬。」
 と、声がした。
「誰だ。」
 と云うと共に、引組まれた。だが、何うにか抜けてひた走りに、一刻でも早くお新に、それからお俊に――そう思ってもう大丈夫と信じていても猶《なお》走っていた。
「真実《ほんとう》の下手人を探す為め、彦根へ立戻候。」
 という貼紙を、甚七の隠れ家《が》でみた時、上の弟はじろりとお俊をみた。
「何《いず》れにしても逃れぬ罪だに、女々しい奴だ。」
 こう云ってすぐ三人は帰途についた。

[#8字下げ]五[#「五」は中見出し]

 江尻の宿へ泊った夜
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酔うて伏見の千両松
淀の川瀬の小車は
輪廻《りんね》々々と夜をこめて
[#ここで字下げ終わり]
 と、上方の流行唄《はやりうた》を聞いたので、呼上げた。お俊は何《ど》っかで見たような女だと思って、聞いてみると、お新であった。お新は三人が来馬を探していると聞くと共に、金入を出した。そして
「敵は山田で御座ります。」
 と、主張した。お俊は勿論それを信じた。二人も一寸考えさせられた。然しその次には、お俊はお新と甚七との仲に嫉妬を感じるし、二人の男は
「来馬にも訊《ただ》し山田にも聞かぬ上
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