めし》を食べに茶店へ立寄った。馬上の主人は甚七が、徒歩でこの辺へまで来た頃と計っていたから、立場《たてば》の前で馬を並足に一軒々々覗いてきた。甚七のいる茶店の前へきた時に、丁度甚七は、厠《かわや》へ上っていた。
「こういう風の侍が通らなかったか。」
と子供に聞くと
「あの宿にいるよ。」
と子供が教えた。そして、其処《そこ》を尋ねている内に、甚七は、何も知らないで通りすぎてしまった。
この辺の地理をよく知っている、そして又甚七にうまく一杯かゝったと信じている彼はそのまゝ馬を返して、抜け道へ探しに行った。その間に甚七は渡しを渡り、村を越えて、東海道を下って行った。
「図々しくも金五両をたばかり。」
という文句と共に、すぐ彦根へきた。そしてお俊と、左門の弟とが桑名へ立った。
甚七が江戸へつくと共に、厚情を感謝してきた手紙で、彼の居所《きょしょ》はすぐ知れた。そして三人は江戸へ下ったが、着いた夜、お俊は二人の弟を出し抜いて甚七の所へきた。
「何《ど》うして?」
「貴下《あなた》は何も御存じないと思いますが、実はこれ/\」
甚七は暫く飽気《あっけ》にとられていた。然し、そう云うと、自分の邸で斬合のあった時
「敵《かたき》っ。」
というような言葉を夢中で聞いたが――
「それで万事判った。」
だが、もう敵で無いにしても、人一人殺している以上、矢張り日蔭者である。
「お俊さんは私が敵で無い事を信じていなさるか?」
「はい。」
左門へ嫁ぐ前、可成り親しかったお俊と甚七は、二人とも御互によく心を知合っていた。そして、嫁ぐ話のきまった時
「それでは、一生嫁をもちますまい。」
と、戯談《じょうだん》半分に云っていたが、口へ出さないがお俊も、甚七を惜しくなくはなかったのである。
「明日は、弟達が参りますから、一時この場を――」
「然し、士《さむらい》として、この事情が判った上――」
「私の頼みを聞いて下さい――それは、本当の敵を探して下さること。」
こう云って金包を出した。
[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]
来馬は町人になって彦根へ入った。初めての変装に気がひけながら、馴染の料理屋ののれんをくゞった。そして
「お新は。」
と聞くと
「貴下に見せるものがあると云って狂人のように金の工面をし、こゝの借金を返したのが十日ばかり前、江戸へ行くと云って出ましたよ。」
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