」は中見出し]
もし、その夜、来馬が町へ出て酒を飲んでいなかったなら
「くる、のくるは苦しいのくるで、来馬のくるでない。」
で、突張れたし、家を出ないと証人に下僕も言ったであろうが、甚七《じんしち》は余り人に聞かしたくない家で遊んでいたから、三人が四角張って
「何処《どこ》へ、今頃――」
と云った時、むっ、ともしたし、冷《ひや》っともしたし――それに第一、三人の態度が気に入らなかったから
「何処へ?」
と、云ったまゝ、じろりと目をくれて
「水を持って来い。」
と云った。
「少し、お尋ねしたい事があって――」
と、一人は、丁寧に云ったが、来馬の態度に、腹の中は不快である。
「はゝあ、改まって――この深夜に。」
「何処へ、今まで行っていたか、明瞭《はっきり》と仰《おっ》しゃって頂きたい。」
「何故――妙な事を。」
「実は――」
と、弟の云ったのを一人は目で抑えた。
「お包みなく云って頂きたい。」
「城下へ――」
「城下の何《ど》ちらへ。」
「一体、何を聞きに来られたのだ。君達から行方を聞かれるような――丸で罪人を問うような――」
来馬は酒を飲んでいた。だから、そう云っている内に
「無礼な。」
と、頭の中にうろ/\していた言葉が、つい口を出てしまった。
「無礼?」
「無礼だ。」
何も知らぬ来馬に対しては確に無礼であると共に、三人がこう聞くのも尤もな次第である。だが、勢こゝに来てはそのまゝで納らない。
「無礼とは――」
「帰れ。」
「何をっ――」
「馬鹿めっ――」
甚七は二人を斬った。一人は死んだ。そして彼はそのまま出奔《しゅっぽん》してしまった。
[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]
何者かに殺された佐々木左門の弟が桑名に居た。甚七は心易い仲であったから、その足で、その家を尋ねた。
「詰らぬ事から、これ/\で――、わしはこれから江戸へ出ようと思うが、少しの旅費と、一夜の宿とを――」
「何をまた、甥などが――」
と、云って夜更けまで語り、旅費を与えて立たせると、一足ちがいに急飛脚が来た。
「父を討ったのは来馬らしく、その上、人を殺《あや》めて立退いたが、いろ/\相談もありすぐ来てくれ。又来馬立廻った節には召捕えて」
という文句である。主人はすぐ馬を呼んだ。そして、馬を走らせつゝ、五両も金を与えた事をいま/\しく思った。
甚七は午餐《ひる
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