して普通のロンドンの路面なら階段の一足でちょうど非常梯子が二階の窓にとどくように、ドアの前に行《ゆ》かれるのだった。ヴァランタンは立ち止って、その黄と白の窓かけの前で煙草をふかしながら、それらのことについて永い間考えていた。
奇蹟に関して、一番信じがたいことは、それが起ったというそのことである。空にある雲も寄り合って、睨《にら》めている人の眼の形にもなるものだ。一株の木も、たよりない旅に見る風景の中《うち》では、まるでわざわざつくった疑問符のように立つものだ。私自身この数日の中《うち》にこれらのことを実見した。ネルソンは勝利の刹那に死ぬのである。ウィリアムという男が、ウィリアムソンという男を、あやまって殺しても、それは謀殺(母と共謀で子を殺す。ウィリアムソンのソンは子という意味すなわちウィリアムの子。ここはそれゆえ洒落になっている。訳者註)の一種に思えるだろう。一言にして言えば、人生には奇怪な偶然の一致があり、それをつまらない人間は常に見落しているのだ。ポーの逆説の中にたくみに説明されているように、智慧は予見出来ないものまでも勘定に入れておくものなのだ。
アリスティ・ヴァランタンは
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