はリバプール街で下車した。ここまでは彼は犯人を見逃すようなことはなかったと確信していた。彼はそこでロンドン警視庁へ行って、自分の身分を証明し、いつ何時でも応援してもらえるように手続をした。それからおもむろに巻煙草をつけると、ロンドン市中をぶらつきに出かけて行った。彼がヴィクトリア街の向うの街や広場を歩いていた時、ヴァランタンは突然足をとめた。そこは古風な、静寂な言わばロンドン生粋の場所とも言うべきところで、何か事ありげな静けさがみなぎっていた。その周囲の高い単調な家々は、繁昌しているかとも見え、また住む人もない家かとも見えた。中央にある広場の灌木林は、太平洋上の緑の孤島の如く人気もなかった。四周《まわり》の一方は、他の三方よりもはるかに高くなって、上座という感じがした。そしてこの一列の建物は、ロンドンの讃嘆すべき出来事のために破られていた。――すなわち貧乏な外国人相手の安料理屋を尻目にかけたような一軒の料理屋があったのだ。それはまったくなぜとはなく注意をひくものだった。鉢植えのひくい樹木があり、レモン色と白のだんだらの窓かけがさがっていた。それはその道路面から特に高く建てられていた。そ
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