の如きものを見ては、誰だって憐れまずにはいられないだろう。この僧侶は大きな、薄汚ない洋傘《こうもり》を持っていて、しかもそれをしょっちゅう床に倒していた。彼は、自分の持っている往復切符のどちらが往《ゆ》きのか復《かえ》りのかさえもわからないらしかった。彼は車内の誰れ彼れに、おめでたい単純さで、自分は注意しなくってはいけない。なぜなら『青玉《サファイヤ》付き』の純銀製の品物を、茶色の包の中に持っているんだからと説明していた。聖者のような単純さを持ったエセックスの心安い土地風な彼の奇妙な人となりは、フランス人を絶えず楽しませていたが、やがてストラトフォードに着くと、この僧侶は、彼の包を持ち、また洋傘《こうもり》をとりに戻った。その時、ヴァランタンは、親切に、あの銀器の事を不注意に言わないようにと注意した。が、ヴァランタンは誰に向って話しているにしても、その眼はつねに誰か他のものを見守っていた。彼はじっと、富めるものでも、貧しいものでも、男でも女でも、およそ六|呎《フィート》たっぷりあろうと思われる人を見つめていた。なぜなら、フランボーはその上六|吋《インチ》ばかり大きかったのだから。
彼
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