もつ》の持ち主の方は、わずかに頭を動かしただけだった。そしてどこかぼんやりとした顔を星空の方に向けた。たぶん、彼は、その意味が判らなかったのだろう。でなければ、たぶん彼は腰を抜かしてしまったに違いない。
「左様」と高い方の僧侶は同じような低い声で、同じ態度で言いかけた。「左様、俺はフランボーだよ」
 それから、少し間を置いて、彼は言った。
「さあ、十字架はくれるだろうな?」
「いやだ」と対手《あいて》は言った。そしてこの一言は実に不思議なひびきを持っていた。
 フランボーは今まで被っていた僧侶の仮面をがらりと脱ぎすてた。この稀代の盗賊は、反り身になって、低く長くあざ笑った。
「いやだと」と彼は叫んだ。「くれないと言うのか、大僧正猊下《だいそうじょうげいか》。くれたくないだろうとも。ちんちくりんのお聖人さん。なぜくれたくないか教えて進ぜようかな? その訳はな、もう俺様がちゃんと、このポケットに持っているんだ」
 小さいエセックス男は、夕闇にもありありと驚愕の色を見せた。そしてまるで『秘書官』が示すようなおどおどしたものごしで言った。
「ホウ! それはまたほんとかね?」
 フランボーは大満
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