とはほとんどなかったが)それは手懸を握って、犯人を取逃がしたのだ。ところが、今度ばかりは、犯人をしっかりと握りながら、まだ手懸りを握っていないのだ。
 目ざす二つの物影は、はるか向うの丘の地平線上に、黒い蝿のように歩いていた。明らかに彼等は何か話をしているらしかった。そしてたぶんこれからどちらの方に行《ゆ》こうかも考えてはいないのだ。が、彼等は次第に淋しい、そして高いところへ登って行《ゆ》きつつあった。彼等の追跡者達は、鹿狩りをする人のような可笑しな格恰をして、灌木林のかげにかくれたり、ながくのびた叢《くさむら》の中をざわざわ歩かなければならなかった。だが彼等は次第に目ざすものの後に追迫《おいせま》っていた。そして彼等の話声がやっと聞えるところまで来た。しかしそれはただ『理性』という言葉だけが、くり返しくり返し高い、子供染みた声で聞えるだけだった。しかし、突然傾斜地になっている、深い藪の茂みの中に来たときに、探偵等はまったく二人の姿を見失ってしまった。それから再び彼等を見出すまでには十分間以上も苦しまなければならなかった。彼等は夕日の照り映えた美しい景色を見下ろしている。円屋根のような
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