と一|志《シリング》のお金を置いておかえりになったのです。すると私が見落していたのでしょうか、あとからその方の言った通り、茶色の紙包が出て来ましたので、すぐ小包にして送っておきました。けれど、その番地は忘れてしまいました。何でもウェストミンスター区のどこかでした。おぼろにしか覚えておりませんが。でも何だか大切そうなものだったので、それでお役人がお見えになったのだろうと存じましたわ」
「そうです。それで来たのです」とヴァランタンは簡単に答えた。「ハンプステッド公園は近くですか?」
「十五分も真直に行《ゆ》けば」と女は言った。「直《じき》にその広場に出ますわ」
ヴァランタンはその店を飛び出して走り出した。警官達もやむなくそのあとに従った。
町筋は両側がせばまって家々の影が立ちこめていた。それで彼等が町を出外れて、空っぽな公有地に出た時には、夕映がまだ金色《こんじき》に照って明るく晴れ渡っているのに目を瞠ったのだった。太陽は黒ずんだ樹木や暗菫色《あんきんしょく》の遠影のあなたに沈みかかっていた。燃えるような緑色はもうすっかり濃くそまってその間に一つ二つ輝く星がちりばめられていた。昼間から
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