とりのこされた万象は、夕映の化粧として、この広場の涯《はて》まで、それから「健康の谷」と呼ばれている、ハムステッド公園の端まで、金色《こんじき》に満たされていた。この辺をぶらつく休日の散策者の影もまだすっかり消えてはいなかった。まるで一対のように離れない姿が、あちらこちらのベンチにいぎたなく横わっていた。遠くのブランコに乗った少女の叫び声も時々は聞えて来た。天の栄光は人間の暗い厳粛な野生の姿を深めていた。そして、ヴァランタンはと言えば、彼のもとめるものをさがしつつ、傾斜地《スロープ》に立って谷の向うをながめていた。
 向うの遠い彼方に、幾組もの人々が、次第に散って行く中《うち》に、特に黒くくっきりと見える姿があった――二人の僧侶風な装いをした男だった。それは虫けらのように小さく見えるけれども、ヴァランタンの眼には、その中の一人が他の一人よりも更に小さいのが、はっきりとわかった。大きい方の男は背を屈《ま》げて、別に目立つふるまいもしていなかったが、ヴァランタンには、その男が六|呎《フィート》はたっぷりあることがわかった。彼は歯を喰いしばって、ステッキを性急《せっかち》にふりながら、近づい
前へ 次へ
全44ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング