年増の女は、何とはなく物問いたげなヴァランタンの立派な姿に見入っていたが、彼のうしろの入口にいる警部の青色の服に気がつくと、女はよみがえったような眼つきをして言った。
「ああ、もしや、あの小包のことではございませんの? あれならもうとうに送っておきましたわ」
「えっ、小包!」とヴァランタンが鸚鵡返しに言った。
「ハア、あの坊さんの方がお忘れになった小包でございます」
「占めた」とヴァランタンは始めて正直に彼の熱心さを顔に表わして言った。「後生だから、すっかり出来事を話してくれ」
「なあに」と女は少し疑わしげに、話し出した。「たった三十分ばかり前のことですが、二人連れの坊さんがお見えになって薄荷《ペパーミント》を少しばかりお買いになって行ったのです。それからあのハムステッド公園の方へ行らしったようですが、まもなく一人の方《ほう》が引き返して来て『わしは紙包を忘れて行ったと思うが』と言うのです。で私はずい分さがしてみたのですが、どこにもございません。でその通り申しますと、いやかまわぬ。が、もし出て来たら、お気の毒だが、この宛名で送ってもらいたいと言って、番地を書いたものと、少しばかりだが、
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