ク街の方へ足早に行きましたが、あんまり足が早いので追っかけてみたがだめでした」
「バロック街」と探偵は言った。そして勘定をおっぽり出すと、二人の怪人物を目差して突進した。
 今や彼等の旅は、トンネルのような、何のかざりもない煉瓦の道の上に来た。燈火もまばらな、いな、窓さえもろくに目につかない町々、あらゆるもの、あらゆる場所のうつろな背景から出来ているような町々だ。夕暮の薄暗《うすやみ》はようやく濃くなりそめて来た。そしてロンドンの警官達にとっては、どこをどう辿ってよいか判らないこの追跡は今までにない不安極まるものであった。ただ、とどのつまりは、ハムステッド公園のどの辺かを襲うのだろうということは警部には幾分見当がついていた。と、突然に、瓦斯があかあかと灯された張出窓が、蒼い黄昏を破って目についた。ヴァランタンはおごそかに、そこの華かな菓子売の小さい店の前に立つとふと立ち止った。しばらくはためらったが、やがて、ずかずかと店の中に這入ると、彼は澄まし切った顔付をして、十三個のチョコレート・シガーを買った。彼はたしかに何か言い出そうと構えていたのだが、その必要はなかった。
 店にいた痩せた、
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