たに違いない。またおそらくは、昼飯《ひるはん》について無言の欲求を増して行ったに違いない。なぜなら、普通の昼飯時は、もうとうに過ぎていたのだ。そして、ロンドン北郊の長い長い路が、際限もない遠望のように、つづいていた。それは、人々が、もうこの宇宙のはてに来てしまったかと思うような旅行であった。が、ふと見ればまだタヘネル公園に来たばかりだった。ロンドンは薄汚い居酒屋や、退屈な矮木林《わいぼくばやし》となって、もう果ててしまっていた。かと思うとまた、賑かな街路や、繁昌した旅館などが行手にあらわれて、応接に遑《いとま》ないくらいだった。日足のみじかい冬のたそがれが、いつの間にか襲って来ていた。しかし巴里《パリー》生れの探偵はむっつりと黙り込んだまま、ただその両眼だけは忙がしげに両側にくばっていた。一行がキャムデン町をあとにした頃おいには、巡査等はもうほとんど眠りこけていた。少くとも、ヴァランタンが突然、つっ立ち上って各々の肩をたたき、更に馭者に向って「止めろ」と叫びかけた時には、彼等は夢うつつから飛び上らんばかりにおどろいた。
 彼等は、何のためにここで下りるのだか、見当がつかなかったが、とも
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