件なんだが、君、鍔広帽を冠った二人連れの坊さんを見かけなかったか?」
「ハア、見ましたです」巡査はのろのろと笑いながら言った「ひとりの方《ほう》は大分酔ってるようでした。往来の真中で、ハテどっちの方角へ行ったものかって言うような腰つきをしましてな――」
「どっちの道へ行った?」ヴァランタンはつっこんだ。
「あの黄色い乗合に乗って」と巡査は答えた。
「あれはハンプステット行《ゆ》きです」
ヴァランタンは警察手帳を示して早口に言った。
「では、至急君の同僚を二人呼んでくれたまえ。僕と一緒に追跡してもらうんだ」
彼は、伝染病のようにすごい勢力をもって向う側に突っ切った。で、鈍間《のろま》な巡査も思わず身軽について行った。一分半ばかりで、このフランスの探偵は、イギリスの警部と私服の巡査とを仲間に加えた。
「それで」と警部は重大そうな顔付きに微笑を浮べて言った。「事件は――」
ヴァランタンはすばやくステッキで指さした。
「あの乗合馬車の二階に乗ってから、お話ししよう」もう彼は激しい往来を縫ってす早く突進していた。三人が息をはずませて黄色い乗合の階上席についた時、警部は「タクシイなら十倍も早
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